ストイックな30代
20代後半。体力的に、ヨガのインストラクターを続けていくのは将来的に考えても、厳しいような気がしていて、レッスンを激しく減らしてみた。それまでも、結構、疲れやすかったし、毎日のようにすごい汗をかいて運動すると、なんだか汗の器官がおかしくなっちゃうような気がして、自律神経系までイカれてしまうのではなかろうか…とも思っていたし。レッスンした日は、身体が疲れすぎて、馬鹿みたいに長時間寝ちゃったり、逆に身体が緊張してるのか、寝れない日の差が激しかったりした。
でも、実際、ヨガの仕事を減らして、大して動かない仕事ばかりだと、身体が石みたいに固まっちゃったみたいで気持ち悪い。歌仕事を終えて帰ってきても、なんだか今日は運動が足りない…って思って、筋トレやストレッチを繰り返すのが日課になった。ウォーキングを増やしたり、無駄に動いてたりもした。

ヨガの仕事を減らした分、本来インストラクターが受けなければならない、レッスンフィーに関して重要な査定も受付さえしてもらえなくなった。雇われイントラはこれだから困る。…つまり、このままだとただただ減給されていくことになる。ただでさえ、低給なのに…(>_<)。ま、まずい…!!
給料がさがるってことほど、モチベーションが底辺に落ちるものはない。スタジオを起すとか、他で教えるとかの方法も考えられるけど、環境を変えるエネルギーってのは、かなりたくさん要するもので、いざという時にしか出てこない。

というわけで、“いざ”という時がくるのを避けるために、早速インストラクター仕事を増やすことにした。もともとテキトーな気持ちで好きでもなかったヨガ仕事を始めてから、なんだかんだ数年間つづいているのは、周りの人のよさと、女性限定スタジオという気楽さと、何気に適職だったことにある。
歌を主にやっていきたいとは常々思ってたが、まぁ流されるときは流されてみよう…。「UFOにはもっとレッスンの仕事増やしてほしい。何かしらでも、人前に立つ仕事を続けることがUFOにとっての天職なんだと私は思うよ」と言ってくれた上司の言葉を、やんわり信じてみよう…。

ということで、最近はヨガ教え以外でも、やたらレッスン量を増やしている。仕事や予定の合間を使って、レッスンに行く。“時間と時間の合間を縫う”とは、まさにこのことだろう、というくらい、頑張ってレッスンを受ける時間を増やしている。
教えるだけでなく、生徒として受けるのは、すごく勉強になり、自分のレッスンの質を向上させることにもつながる(と思う。。)。これまで使えてなかった筋肉の内側からの伸びをなんとなく感じることができる。割とハマる。ハマれる!
心なしか、チョコレートしか食べてない私の身体が、筋肉質になってきた錯覚さえする。もはや痩せることより、筋肉を増やす方がいいかもしれん。太りにくい身体をつくることが一番なのかもしれん。三十路だからこそ、その時期なのかもしれん。ハマりだしてからは、仕事よりレッスンを増やす。稼げなくても、自分の勉強の時間をつくることが大切だと思えてくる。三十路だからこそ、その時期なのかもしれん。(←そればっか(^_^;))
そんな自分を客観視して、私って意外とストイックで真面目な人間なんだなぁ〜なんて思う。

…が!
先日、初めて一緒に仕事した、新人のフロントさんに「UFOさんってO型ですか?」と聞かれた。私はO型って、どの血液型よりもイメージのいい血液型だったので、なんだかとっても嬉しかった。
「え?えぇぇえぇ!!?なんでO型だと思ったのぉ??私、B型って言われることはあるんだけど、実はA型なんだよね〜(^^)」
ってちょっとルンルン気分で元気に答えたら、
「へぇ〜。A型ですかぁ。まぁA型もよく“えぇかげん”っていいますからねぇ〜」とお返事された。
ん??えぇかげん???どういうことだ?私はいいイメージでO型と言われたのではなかったんだろうか?疑問に思って
「え゛(-"-)じゃ〜なんでO型だと思ったの?」
って聞くと、彼女はこう答えた。
「O型って“おおざっぱ” っていうじゃないですかぁ」と。

えぇかげんで、おおざっぱ…。。。なんじゃ、そのマイナスなイメージは…(-"-)
心外だわー心外だわー(`´)と思った。
こんなに真面目でストイックに頑張ってるのに。。他人に与える印象ってのは、自分が思ってるよりだいぶ違うものだ…と実感した。いや、他人に与えてる印象こそ、本来の自分であり、数か月もすれば「やっぱ面倒くせぇ〜」って何もかもいい加減に投げ出してたりするかもしれない自分も想像できた。
でもとりあへずいいのだ。他人がどう思おうと、今が自分的に一生懸命やる時期なのだ。私は意外に熱い自分を自覚し、熱くハマれる時期に、いろいろ学べるうちに、動けるうちに、なんでも吸収しようと思うのだ。仕事をして時間を費やすことよりも、無給でも自分が成長できる勉強の時間の方が今は大切なのだ。
近いうちに、研修に行こうと思う。頑張ってたくさん勉強しよう。できるうちに。うん。これが30代というものさ♪
【2010/02/07 00:12 】 | 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0)
人間らしい生活
2月になっちゃった。
節分の日さえ、豆まくこともなく、お菓子屋さんがこぞって恵方巻きにかこつけて、恵方ロールという名の美味そうなロールケーキを発売してるのに、それを食べることもなく、節分らしいことは一切何もせず過ぎてしまった。
バレンタインが近いので、伊勢丹のサロン・ド・ショコラや各百貨店がやってるバレンタインの催事場はどこへ行ってもすごい人だかりなのだが、昨日はさすがに恵方巻きの行列の方がすごかった。「何事だ!!?」と思った。…と同時に、こんなに行事を大切に、季節を感じながら生活している人たちを見て、「私も見習わなくては…」とも思った。

クリスマスにはフライドチキンとクリスマスケーキ。お正月にはお雑煮やおせち料理。節分は恵方巻きと恵方ロールと豆…とかって、しっかり四季を生きている方が、より人間らしい、より濃厚な一年を過ごせるのではなかろうか…と思う。思いながら、私は年中、スイーツ、チョコ、チョコレート、アイス、たまにご飯、唐揚げ、コロッケ、スイーツ、チョコ、チョコレート…とリピートして生活している。

私の一ヶ月の食生活の内容が、大食いの人の一週間の量に値するんじゃないか…とか考えるときがある。
それとまた同時に、短期間に付き合ったり別れたり、結婚したり離婚したり再婚したり別れたり…と繰り返す、お騒がせ芸能人や私生活の激しい知人を見ていると、私の一生分の私生活は、彼女らの一年にも満たないんじゃないか…と考えるときもある。
そんなことを考えながらも、やっぱりのんきに構えているのは、私の他にも独身が割りといるからである。最近加わった例のサークルも独身ばかりだからである。そんなほぼ独身の飲み会で「なんで皆さん結婚しないんですかね〜?」って質問を投げかけたら、「したくてもできないんじゃー!!」と逆ギレされたけど、そんなことはあるまい。本気で結婚しようとすれば、見合いだって紹介だってなんだってあるわけだし、彼自身がシチュエーションにこだわったり、選り好みが激しいんだろうと私は踏んでいる。

そんな私も三十路にもなったし結婚も考えなきゃいけないんだよなぁ〜って、客観的に思うことはある。自分のことなのに、すごく客観的に思っては、友達に話すと「でもUFOは本気で結婚したいと思ってないでしょ。結婚したくないときはタイミングじゃないからしなくていいんだよ。」って言われることもあるし、「こないだお見合いパーティー行ってきたけど、独身であまってる男性いっぱいいて、かなり余裕でてくるよ〜」っていう友達の話を聞くと、「そーだ。そんなにあせって結婚を考える必要もない」という思いにとどまるのだ。

でももう30代も半ばにさしかかろうとしている仕事仲間は、先日、母親にこう言われたらしい。
「アレもやだ、これもやだって言ってないで、もうバツってもいいから、1回くらいは(嫁に)いってちょーだい!」となかばキレ気味に切願されたらしい。かなりウケた。確かに彼女なら、寄ってくる男性はいくらでもいるだろうし、彼女さえ選り好みしなければ、もうとっくにお嫁にいってるはずの器だ。ただ、かなり選り好みが激しいんだと思う。まさに「アレもやだ、これもやだ」って思うんだと思う。晩婚の人は結局のところ、そこなんだと思う。
逆に、婚活に一生懸命な人は、「あれでもこれでも、誰でもいい!!」っていう勢いで突き進むからすぐ結婚できちゃうのだ。「はて…どっちがいいんだろう…」とちょっと深く考えたりする。。。

話は戻り、母親に切願された、彼女はとうとう結婚してしまうかもしれないらしい。アレもやだ、これもやだって言ってないで、結婚を決めようと思っているらしい。
独身の友人がいることで、「ま、一人のままでもいいよね〜」って余裕をこいてきた私は、そういう話を聞くと突然あせりだす。どうにかして友人の結婚を食い止めなくては…!とも思う(笑)
特に男友達が結婚するとか、結婚をしようと思うって話を聞くと、祝福の気持ちと入り乱れて、多少複雑な気持ちになることがある。恋心があったとかそういうことでは全くなくて、当時フリーだった彼が、食事に誘ってくれたときに断ってしまったけど、もしあの時行ってれば結婚した相手は違ったんじゃないか…とか、いや、でも私は草食だから何も進展しなかったはずだ…とか、いろいろと想像を張り巡らせるのである。

そして結局、まだ独身の女子会を開いては、結婚の仕組みやメリットがイマイチ理解できない、とか、不倫しまくってる男性の話とかをして、やっぱ結婚もどうかと思うわよねぇ〜ってな感じで盛り上がる。友人の私たちが聞いても、オススメできない変な彼氏とずっと付き合ってる美人の友人は「まぁ、彼もハッキリしないけど、この関係が終わったとしても、もう一人でいいや。他探すのも一から始めるのも面倒くさいし。そもそも子供とか生んで育てる体力ないし。」ってやたらネガティブだ。もう一人は、いつ話を聞いても、男の匂いがあまりせず、徐々に仕事に生きる女を確立しつつある。持っているものがブランド物とか、やたら高級なものになっていて、稼いだお金を自分に貢いじゃってるタイプだ。そして草食で結婚に夢を抱いてない私が集まったら、最強のパラサイトシングルズである。「この中で一番結婚できない人、誰だろうね?」とか言いながら、それぞれの欠点をののしりあっては、最後に「本当に独り身だったら、将来一緒に住もうよ」とか言いながら、まだ私は一人じゃない感を味わって、一日を終えるのだ。

本当は家庭を持った方がいいんだと思う。
ある方が教えてくれた。“最近人と人とのつながり、いわゆる絆が無くなってきた。近所付き合いが無かったり、老人が孤独死したり、引きこもりが増えたり。。。人というものは個性があり、つきあいというものには何かしらの努力がいる。確かに嫌なこと、面倒なことを避けていれば楽である。そう思う人が増えたため、人と人とのつながりが希薄となってきているのだろう。しかし、そういった人生ではせっかく素晴らしい出会いがあったとしても、絆というものが芽生えることもなく、希薄な人生になってしまう。昔は、人生の出会いは本当に素晴らしく、人とのつながりがいかに大切で素敵なことであるか、そのためには我慢、努力というものが必要であることを、親から子へ、師から弟子へ教えられ、伝えられてきたが、今はそれが無い。充実した人生を送るためにも人との出会いを大切にし、つながり、絆を育んでいくことが重要なのだ。そのための努力を惜しんではならない。”と。
誠にその通りなのである。付き合いとか結婚が面倒くさいからといって努力しようとしない自分を、本当にダメなやつだと頭ではわかっているのだ。

だからこそ、少しは人間らしい生活を送らなくてはいけないんだと思う。
うん。そうだ。一日遅れたけど、豆を巻いて、恵方ロール=ロールケーキでもまるかじりしてみよう。一日遅れの節分の日をやろう。うん、そうだ、そうしよう…と心に誓う節分後日のピントはずれのUFOなのでした…(^^ゞ
【2010/02/04 13:48 】 | 未分類 | コメント(4) | トラックバック(0)
みそじうぃ〜く
三十路になって1週間が過ぎた。(←しつこい(^^ゞ)
加齢するにつれて、食の嗜好が変わってくるという話を聞いたことがある。
脂っこいもの、肉や刺激の強いものは食べれなくなって、あっさりしたお魚さんとか、身体に優しそうなおかずを好むようになるらしい。
が、なぜか私は三十路に近づくにつれて、魚の美味さがまったくわからなくなり、肉肉しい女になっていた。外食では、年頃の女子が嫌いそうな、から揚げ、コロッケ、フライドポテトとかの揚げ物を必ず選んじゃう。昔は、飛行機で「フィッシュorミート?」って聞かれたら、絶対「フィッシュ」派だったのに、今では絶対「ミート」派になってしまった。しかも揚げ物。普段、あまり食べないので、外食の時くらい、油もの食べないと肌が乾燥してしまう〜っていうのが、私の持論である。

そんなこんなで、肉巻きおにぎりを食べた。
最近、朝のニュースとか夜中の“これからヒットする商品”の特集でよくやってて、テレビで見ない日はないといっても過言ではない(?)、肉巻きおにぎり。テレビでやってしまうと、どこへ行っても長蛇の列で、ひどいとこは2時間待ちとかもある。たかが肉巻きおにぎりに2時間。。。
…が、肉好きの私は、他力本願で執念のGETである(*^^)v
肉巻きおにぎりの肝心のお味は〜、、、まぁ想像の域を超えてなかったし、私としては肉の割にご飯の量が多くて、もっと肉を全面にだしてくれよぅ〜と思ったが、でもまぁ美味しかった。やっぱ肉だよね〜☆

というわけで、魚を全く食べないので、記憶力がなかったり、頭の回転が遅いのはそのせいかもしれん…(-"-)と思い、これはマズイと29歳後半からDHA&EPAのサプリメントを飲み始めた。そんでもって、みそってからは、さらにエネルギーをつけるため、コエンザイムQ10とやらも飲み始めることにした。これまで飲んでた、マルチビタミンミネラル&青汁なども含めて、これでチョコ食い生活の私も、しっかり美(?)と健康が保たれるんではなかろうかと思ふ。。。

三十路初観劇のミュージカル「ウーマン・イン・ホワイト」はとても良かった。これまでにないストーリーで斬新だった。キャストも皆、文句なしの実力人ばかりで、圧倒される。うん。これくらい納得いくキャストを使ってくれると、高いチケット代はらってもいいと思う。たま〜に変なキャスティングして、もしかして私の方がうまいんじゃなかろうか…と思わせられることがあるから、無駄に夢をみる若者が増えちゃうのだ。
芸人の世界だって、そうだ。誰もが文句言えないくらい面白いやつだけがテレビに出てれば、食えない芸人くずれが増えなくてすむのだ。一発屋で、さっぱり面白くないのが、テレビにでちゃうから、いつまでも夢追い人がのさばっちゃうのだ。
そういうわけで(?)「ウーマン・イン・ホワイト」は良かった。とっとと舞台は引退してよかったと思えた(^_^;)。アンドリューロイドウェバーの複雑難解な曲も、皆さんしっかりたっぷり歌いあげてくれて、満足度高い舞台だった。

三十路ってから、やたら快調な観劇や映画鑑賞。
そしてそして〜。快調なクイズの一日。
昨年末から本格的に仲間入りしたクイズな皆さまたちとのクイズ例会。
さーーーーーっぱりわからなかったことが、ここんとこ、さっぱりわからないレベルになってきて、まぁ相変わらずわかんないんだけど、でもやっとこ問題が耳に聞こえてくるようになってきたし、たま〜に自分でもピーン!と反応できるタイミングも出てきた。ちょっと楽しい。毎回、企画がとっても練られていて、よく考えるよねぇ〜、どれくらい企画考えるのに時間使ったんだろう〜ってそんなことばっか考えちゃって、ちょっと楽しいことより、いっぱい感心しちゃう。そしてやっぱり何度行っても、おいらクイズ好きだと思う。特に見てるときに思う。
タイムレース(定められた時間内に問題が出ていっぱい答えた人が勝ちなクイズ)で、男性陣がすんごい勢いで早押し機おして、よくわからない問題をよくわかんない単語で答えてるときは、まじでかっこいいと思う。スポーツ選手やかなりいい声の歌手と出会っても、かっこいいとは思わないのに、頭の回転の速い人たちを見てると、心がなぜかざわめく。そんでもって、女性陣がタイムレースをやった暁には、自分も参加してるのにもかかわらず、めっちゃ答えてるその女性を向い側から眺めて、「か、かっこえぇ…」と思う。自分は早押し機持ったまま、問題は右耳から左耳へと流れ、地蔵様になって彼女の動きを眺めている。もはや、男だろうと女だろうと、早押し機もってめっちゃ答えてたらかっこいいと思ってしまうらしい。
う〜ん。やっぱいいなぁ。クイズ〜♪
昔みたいに実力派一般視聴者のクイズ番組いっぱいあればいいのにぃ〜。。。

というわけで、すっかり三十路にも慣れてきた快調な三十路ウィーク。
年を重ねるってホントに素敵なことだと思える、そんな大人でありたいと思うのでした(*^^)v
【2010/01/27 20:11 】 | 未分類 | コメント(2) | トラックバック(0)
みそじにっき
試写会『ゴールデンスランバー』行ってきた。
「最近、試写会当たんないなぁ〜。ちぇっ…」って思いながら、伊坂作品には一貫して興味があって、どうしても当てたいがために、無断で人の名前も使って応募しまくったら、無駄にあたってしまい、自分以外の引き取り手を探すのに苦労した。お茶目な30歳、てへっ(^^ゞ
試写会のアンケートで、年齢を書く欄があった。初めて“30”っていう数字を書いた。30歳になったんだぁ〜って頭では理解してたし、心の覚悟もできてたのに、いざ文字にしてみるとやっぱり違和感…というか、ただならぬ数字の重さを感じた。「嗚呼。ほんとにほんとに30歳なんだ…」と思った。

…ご覧の通り、私はいまだに、“30歳”をひきづっている。失恋しようが、好きな人への恋心が実らなかろうが、まったくひきづることのない、この私が、珍しく“30歳”をひきづっている(笑)

ちなみに『ゴールデンスランバー』はものすごく良かった。もりだくさんな内容なのに一つの筋がとおっていて、「す、す、すごい!!さすがの伊坂ワールドだぁ〜」と思わせられる作品だった。三十路初の映画鑑賞としては合格点である。映画を見てる途中から「原作が読みたい!」って強く思って、帰って早速、伊坂ファンの友達にハードカバー本を借りる手配をとりつけた。映画はすごく面白いことは確かだけど、ちゃんと原作が生きてるのか、原作を超えてるのか、原作ぶち壊しなのか、本を読む楽しみがまた増えた。

翌日、免許更新へ行った。
自動車の免許更新ほど嫌なものはない。“更新のお知らせ”ハガキが届いてから、どのタイミングで行くかず〜っと迷っていた。あと、2、3キロ痩せてからにしようか…とか、美容院行った直後にしようか…とか。でもなんだかんだ考えてるうちに、意外に行ける機会なく時が過ぎ去りつつあったので、「えぇい。もういいや、行ってまえ!」と、痩せるでもなく、髪を整えるでもなく、警察署へと向かった。
そう。何がヤダって、あの流れ作業のようにとられる写真だ。これから5年間も自分の証明書として使わなきゃいかんのに、写真は流れ作業だ。髪を整える時間も、化粧を手直しするタイミングさえ与えてくれない。覚悟していったつもりだったが、やっぱりあまりにあっさり撮られたので、すごい不用意な顔で、ものすごい不本意な写真になった。
…一日中ブルーだった。。。
この免許写真を、今後5年間も使わなければいけないのか…と思うと、ブルーでブルーで立ち直れなかった。帰って、写真をごまかすために、上からシールを貼ってみた。ちょっと気分がおさまった。今までは運転免許証はカード入れの一番上に入れてたけど、カード入れの一番下に裏側にしていれることにした。そうだ、この運転免許は今後5年間封印しよう!と決めた。これからは、自分を証明するときは保険証だ!
かくして、保険証くんは、私のカード入れの一番上に格上げされた。

友達が誕生日祝いをしてくれた。料理上手な主婦友宅でのランチパーテー♪
好きな食材を、鶏肉、枝豆、茄子、人参、玉葱、シラスetc…と適当にメールで伝えたら、出てきた料理が、タンドリーチキン、ニンジンのサラダ、枝豆は季節はずれなのでスティックサラダエンドウのポタージュ、シラスと里芋・ミツバの炊きこみご飯、そして、大好きなデザート、生チョコいちごタルトだった。
まず、枝豆が季節外れであることにビックリした。冷凍枝豆を食べてる私は、枝豆は年中季節である。そして何を食べてもほっぺたが落ちるのではないかというほど美味かった。そうか。。こういうときに「ほっぺたが落ちる」って言葉を使うのか…と妙に納得した瞬間でもあった。
料理を作る才能ってのは、半端なく人を幸せにできるのだな…と思った。
彼女の旦那になりたかった。

三十路を迎えたことにより、彼女のような年上主婦をはじめ、仕事場の人にも、遠い知人にも、あらゆるアドバイスとか助言をいただくようになった。どの方からの言葉もありがたく、私とは違った性質や考え方を持つ人の言葉さえ、重く慎重に受け止めることができる。

私は、無邪気に大人になり過ぎた。
いや、なんとなく大人になり過ぎた。

小さい頃からなんとなく望んだことはすべて思いのままになってきた。嫌味に聞こえるかもしれないけど、高校も大学も一番入りたい学校に入れた。幼いころから抱いてた夢もかなえた。なんとなく、やってみたいことを仕事にしながら、興味あった世界に顔を出しながら、すべて思うようになってきた。
ただ、三十路ならしててもいい結婚だけは強く望まなかった。だから結婚していない。ただ、それだけのことなんだと思う。
仕事を引退するには早い気がする。まだ続けるだけの意味がある気がする。まだ何かやりたい、何かができるかもしれないと心が思ってる。

竹内まりやの『人生の扉』で、「信じられない早さで 時は過ぎ去ると知ってしまったら どんな小さいことも覚えていたいと心が言ったよ」という歌詞がある。
私は覚えていようと思う。“30歳”と初めて書いた、ゴールデンスランバーの試写会のアンケートを。覚悟して臨んだ運転免許の撃沈撮影シーンを。友達がもてなしてくれた、ほっぺたが落ちるご馳走を。

明日はミュージカル『ウーマン・イン・ホワイト』の観劇。三十路初観劇。
素晴らしいものであることを祈って…就寝しますzzz
【2010/01/22 23:59 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
三十路のリアル
三十路って、結構ずどんときます。なんか地にたたきつけられたような…っていうと、ちょっと大袈裟かもしれませぬが、割と心中おだやかではない部分があります。

私は早生まれだから、同級生たちが先に次々と30歳になっていくわけで、それを横目で見ながら、「ぷぷぷ。。私はまだ20代〜♪」って性格悪くも思っていた部分があり、そんな風に思ってるから、実際自分が三十路になると、どーーーん!!と突きおとされた気分になり、、、まぁ自業自得である。
誕生日前日に仕事で会ったタメのピアニストは「30歳になった瞬間はブルーだったねぇ〜。。そのあと1か月くらいひきづってたけど…。それも過ぎると開き直ってきて、なんかどうでもよくなってくるよ。」なんて言ってた。そんなもんなのか。でも私は、1か月間もこのずどーんとした気持ちを引きずらなければならないのか…と思う。

そもそも、男性と女性で違うんじゃ…と知っている。男性は30歳からなのだ。女性の30歳は、完全に賞味期限切れされた目で見られる。結婚をおしすすめる主婦友達にも「あんたも三十路すぎたら、より好みできなくなるんだから、早くいい男つかまえたほうがいいよ」なんて、声をすっぱくして言われ続けたもんだ。確かに、自分が30歳になってみると、これからIF合コンに行ったり、いいな〜と思う人に出会ったとしても、年を聞かれて「30歳です…」って答えると思うと、ひかれるんではないだろうか、こいつは「ナイ」と思われるのではないだろうか、と安易に予想がつく。
男友達とも前はなしてたとき、「ねらってる女の子が28歳だったんだけど、正直もうちょっと若い子がいいなと思った」って言ってるのを、しかと聞いたことがある。これまで出会った男性にも、「結婚願望あまりないんですよ」とか「40才くらいで結婚できればと思います」なんてしゃべってたら、「そうは言っても、期限切れになってからじゃ、誰も相手にしてくれないんじゃない?」とか言われては、プツンときて「テメーだって、人の値踏みできるほどの器じゃないだろ。どれほどのもんじゃボケー!!」と心の中で毒づいたもんだ。…が、30になった今、そう思ってた自分がどれほどのもんじゃボケ!ってことになる。うん、自分でよーーくわかる。
そう。自分が三十路になって気づくなんて遅いけど、私はもう賞味期限切れなのだ!!

誕生日を迎えた晩、私はひどい生理痛で、布団の中で撃沈しながら迎えた。チロリンチロリン鳴る友達からのお祝いメールもさらっと目を通すことしかできないほど、うずくまって死んでいた。そうして12時を迎えながらも、悲劇のヒロインぶりに陶酔していたところもあるかもしれない。で、朝になってお祝メールを、よくよく読み返してみると、「前向きにいこう」とか「まだまだこれからです」とか、なんか励ましみたいなメールが多いのである。これは期限切れであることを、宣告された気分になる。

昨日会ったタメのピアニストは、「30歳になって、やっぱり外国行こうと決めた。」って言ってた。音楽の世界を広げるために、さらに学習するために少し環境を変えるらしい。志高くやる気満々で目標を公言してる姿がうらやましかったが、私にも「30歳になっての目標は?」って聞かれて、ちょーノープランであることに気付いた。
さらには「今日これからどうするんですか?20代打上げでしょ?」って言われて、そっか。誕生日のことばかり考えていたが、誕生日前日ってのは、20代打ちあがっちゃう日なのか!!って初めてそこで気づいて、これまた完全にノープランだったことに気付いた。
「やば。何も考えてないよ…」
そう言いながら、20代最後なのか、最後の日なのか、、、って何度も何度も自分で思ううちに、次第にブルーになってきて、次第に生理痛も増してきた。薬を飲んで、無理やり腹痛を抑え、歌い終えると、少し寄り道しながらも、ノープランだった自分に言い訳するかのように、体調悪いし何も食べる気力もないし帰るか…と、とぼとぼ帰宅した。

その後は、上記の通りである。薬の効果が消え始めてから、再び腹痛にもだえだした。録画しておいたテレビ番組とか一通り見届けながら、「はらいてぇ〜いてぇ〜」とうずくまって、12時を迎えた。ちーーーん(−−)と思った。
結婚したか?子供産んだか?仕事がんばってるか?夢はあるか?やりたいことはあるのか?
いろいろ問いただした結果、すべてノーだった。やりたいことではなく、やりたくないことしか見つからなかった。
ネガティブスパイラルに入りそうなところだったが、やりたくないことがわかってるなら、やらないでいればそれはそれで人生楽しいんじゃないか?って思った。
腹痛は治らず、頭の中はもやもやだったけど、そのまま浅い眠りで朝を迎えた。

三十路の朝食は、たい焼きだった。クリームのたい焼き。先日、友人宅に遊びに行った帰りにお土産でもらったものだった。
通勤中、最初にiPodで聞いた音楽はマイケルだった。「Black or White」から聞きはじめた。三十路最初の食事は"たい焼き"、最初に聞いた音楽は"Black or White"。。。なんかずーっとずずずーーーっと後世まで覚えるかもしれないくらい、印象深かった。
マイケル聞いてたら元気がでてきた。30代も私らしく、のんびりと楽しく生活しようって思えてきた。マイケルと一緒に「YAO!」と相の手をいれながら、駅まで走った。私の30代が始まった。

やっぱり誕生日って、どんな日よりもすごくすごく特別な日なんだと…心底思った。これが私の、三十路のリアルである。(完)
【2010/01/18 22:42 】 | 未分類 | コメント(5) | トラックバック(0)
曲げられない女
ぬぬぬ〜。ドタバタと予定がつまりまくって、忙しい気分。独りまったりが好きな私としては、せわしない気分。でもやたら「自分演出の誕生日会」ってブログに嫌味ったらしく(^^ゞ書いてたからか、デザートプレートつきのイタリアンでの会食にお誘いしていただいて、今日はちょっといい気分♪私なぞのために集まってくださった方々、ありがとうございました。あのデザートの味は忘れませぬ!!

しかも、今月は誕生日月だからか(?)覆面あたりっぱなし。
居酒屋2件と、カラオケ店の調査。一昨日はカラオケ店に急遽、足を運ばなくてはいけなくなり、昔の友達の勤め人を、わざわざ都内から埼玉の田舎街のカラオケ店にひっぱりだし、夜通し歌った。ずっと「UFOの歌聞きたい〜」って言ってた人だったから、遠いところの呼出もなんなく答えてくれて、ラッキーだった。勝手に時間を延長されたり、勝手にアルコール飲まれたけど、付き合ってくれたのでまぁよしとして、気前よくおごってさしあげた。

昨日は、兄の誕生日。私の誕生日の前に兄の誕生日がくる。当たり前だけど、小さい頃からそうだった。
兄と私の誕生日が3日しか違わないというのは、もしかしたらうちの両親、同じ日に産もうとして、失敗したんじゃないか…とか、お祝は一緒に済ませてられるようにしよう〜とかってたくらんでたんではなかろうか…と、今になってふと思う。
が、よくよく小さい頃を思い返すと、私たちはたった3日しか違わないのに、それぞれ単独でお誕生日祝いをしてもらったような気がする。手ぬきされてなかった。
むしろまとめてやるようになったのは、ここ数年だ。大人になっても、自由気ままに生きてる私と、所帯を持って家にいない兄とは、家族が全員で顔を合わす機会も少なくなったので、二人まとめたお祝が、唯一家族が顔をあわせる会ってことで、まぁちょうどいいのかもしれない。
私の中で、兄は、一生のうちで一番一緒にいる時間が長い人かもしれない。親よりも友人よりも未来の旦那(?)よりもずっと近くに長くいる人だ。同じ屋根の下で生活していたころは、すごーく仲良かったときもあり、可愛がってもらったこともあり、逆に衝突して長いこと口を利かなかったこともある。今は別々に暮らしているので、とっても仲がいい。

やっぱり肉親といえども、ずーーっと一緒にいると仲が悪くなることがある。海外旅行に長期間行って、ずっと二人きりだと、親友と思ってた人でさえ、口をきかない険悪ムードに陥ることがあるのだから、人間って飽きやすい動物なんだろうと思う。

今日一緒に仕事した人が、「今日の休憩時間は、旦那とランチするんだ〜」というので、仲むつまじい夫婦だなぁと思っていたけれど、「年末年始ずーーっと旦那といっしょに顔合わせてなくちゃならなくて、ホント発狂したい気分だった!やっぱ同じ人といると飽きるよね。今日はランチだけだからいいんだけど〜」なんて、むごいことを言っている。さらには「音楽やるためには、お金が必要だけど支えてくれる人がいないと無理じゃん。だから結婚するっきゃないよね〜」とも言う。なかなか現実的だ。
私のような仕事をしていると、毎回仕事場で会う人が違って、今日会った人が次会う時は半年先だったり1年先だったりすることもある。彼女に最初に出会ったのは、2年ほど前で、その時は、結婚間近で、旦那との馴初めとかラブラブ具合を赤裸々に語ってた。次に会った時は1年後。その時は「ラブラブ期間なんて初めだけだよね〜。いかに家族としてうまくやるかだよねぇ〜」って言いだしてた。
会うたびに、彼女の口から飛び出す旦那は、恋愛相手から、暇つぶし要員、はたまた、音楽家を支える支援人と変化していった。

傍から聞いてる分には面白い。音楽を続けるためには支えてくれる旦那が必要。頭では理解ができる。でも私は「曲げられない女」なのだと、こないだ自覚した。
菅野ちゃんと永作が大好きな私は、今クールのドラマ「曲げられない女」を楽しみにしていた。面白かった。弁護士を目指す菅野が、10年付き合った弁護士の彼にプロポーズされるが、やっぱり司法試験合格の夢をあきらめきれずに断る。ずっと精神面で彼女を支えてきた彼は、金銭面でもこれからは支えてやるよ!と言ってるのに、菅野は断った。彼も逆切れである。一気にいろいろ失った彼女は、本当はしんどいけど、しんどさを心にしまって、前を向いて歩き始める、っていうエンディングだった。
一方、永作は、ゆとりある家庭におさまっているセレブな主婦で、結婚が一番だと思っている。だからやたら結婚をすすめる。私の友達にもやたら結婚を勧めてくれる主婦がいるけれど、このドラマを観てて、かなり感情移入しながら見てた私は、私が菅野でも、きっぱり断ってただろうと思う。そうか。私も「曲げられない女」なのかと思う。

別に菅野みたいに夢があるわけじゃない。結婚に夢を抱いてないだけなのかもしれない。「俺のおかげでお前は楽に生活できてるだろ」っていう恩着せがましい環境はうんざりするだろうと予想がつくからかもしれない。
だったら、一人で生きてくよ。チマチマ節約しながらでも、さみしくても一人で強く生きてくよ。そう思っちゃうタイプなのだ、私は。
ドラマを観ながら、断固そう思った。

そんなわけで、今年はこれから職探し。様々な事情から職探し。三十路の誕生日前にして職探し。
でもなんだか前向きなのです。みそっても、UFOは、元気に前向きに、菅野のように生きるのであります!!
【2010/01/16 23:55 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
カウントダウン
2010年へのカウントダウンなどどうでもよかった。問題は三十路へのカウントダウンである。

いえ、正直、年を越すときは、そこまで深く考えていなかった。「もうすぐ三十路だ〜」と、昨年末から口には出してみてるけど、19歳から20歳になったときに、何も考えずにぽけ〜と20代に突入したように、今回もただぼけ〜っと30代になるものだろう…と思っていた。
けど、20代最後の10日を切り始めると、ちょっとだけだけど、心がざわざわと落ち着かなくなった。毎晩、たくさんの睡眠時間をとっているようで、実はずっとリアルな現実の続きのような夢ばかり見る。途切れ途切れだが、今の自分の願望だったり、20代を振り返る思い出だったり、これからどう生きていくかの再現VTRだったりする。だから毎日、よく眠れてなくて、昼間猛烈に眠くなる。こんなリアルな夢を走馬灯のように見るので、友達に伝えると「お前は死ぬのか!」と突っ込まれた。いや、まだ死なない。いえ、死にたくない(^_^;)

眠りが浅いからか、肌もだんだん荒れてきてる。眠いからか、徹底した省エネぶりで、体力がなくなってる気がする。そのくせ、最近は、自分でお店を予約し、自分で「誕生日の人が一人います」と伝え、自分演出のお店がサービスしてくれるデザートやシャンパンを飲んで、一人で楽しんでいる。「誕生日特典は思う存分使わなくてはっ!」っていう貧乏根性満載の自分を楽しんだり、自分で自分を祝ってる自分をちょっとみじめか?と思ったり、なんだか複雑な気持ちである。

30歳になるときに何をしたか?って今まで周りの人に質問した中で、一番印象的だったのが「一人で山に登った」だった。山に登りながら20代を振り返ってたそうだ。昨日会った仕事仲間に聞いたら「私は外国にいて、三十路ばんざ〜い!!って騒いでた」と言われた。今さら、海外脱出はできないから、私も一人の世界に浸って山登りでもしたかったが、どうやら普通に仕事することになりそうだ。でもそんな日常的な誕生日もいいかもしれないとも思っている。

20代って何してたっけ?って振り返る。
初で奥手な私は20代になってようやく彼氏ができた。付き合いは相手の根気で長く続いたけど、愛とは何なのか、人を愛するってどういうことか、その人から学んだようで、でも結局まだよくわからないでいる。そこから先は夢のため、自分のやりたいことにまっしぐらだったから、恋愛はお休み。その後も自分のことで精いっぱいだった。他人についてどうこう考えるより、まず自分がどう生きていくか、どう生きたら自分らしくいられるか、ずっと模索してた気がする。男が信用ならん生き物だと思わされてからは、「男は金じゃ!!」と走ったこともある。愛のない、つまらない対人関係だった。やっぱりぬくもりや優しさのある関係がいいと思った。いつも振り返るのは、一番私を好きでいてくれた当時の彼だった。20歳の誕生日を祝ってもらった彼とは、音信不通な期間があったものの、今は何でも話せる大切な友人となっている。人生って不思議だ。
20代…あっという間だった気がするけど、この10年いろいろあったんだと思う。いろんなところをさまよい歩いたんだと思う。

30代になると好きなことも自由にまっしぐらにできる機会も減ると思う。“年をとる”とはどういうことなのか、今さらながらに、真実味をもって感じる。自分以外の心配ごとも不安も、自然とわきでてくる。三十路を迎える前に、心にひっかかっていること、解決できないもの。漠然ともやもやしていること。解決せずには前に進めないもの。
それは母のことだ。看病生活も長くなり、自分の力ではどうしようもない、無力さを味わい、やるせない気持ちになる。最近毎晩のように見る夢は、母が元気に生活している姿である。
父が先日言った。
「毎日毎日、面倒みてあげないといけないけど、ずっと一緒にいるとこっちまで鬱になりそうだよ。お前もお母さんの回復を待ってても、お前の大切な人生の時間があるんだぞ。。。好きなことをやりなさい。今できることをやりなさい」
なんだか、ずどーんと心に響いた。母を放っておくわけにはいかない。でも今しかできないことをしなきゃいけない。するべきかもしれない。結婚もしなきゃいけないかもしれない。子供も産んだ方がいいかもしれない。

ぐるぐるぐるぐると、三十路へのカウントダウンが始まって、私は考える。
どうしたら私は幸せなんだろう。何をしたら満足なんだろう…と。

たぶん、、、みそってしまえば、そんな思いもどこかに吹き飛んで、またあっけらかんとした脱力系の日に戻るんだろうと思う。30代たのしー!!とか言ってそうな気もする。それまでのカウントダウンのこの一週間を、久しぶりに人生について考える良い時期として、大切に生きていこうと思う。
UFO、三十路まであと168時間!!(^^ゞ
【2010/01/11 00:00 】 | 未分類 | コメント(2) | トラックバック(0)
正月早々
大晦日…ヨガのレッスンでしっかり一年の汗を流し、すがすがしく歩いていると、変な人に出くわす(※下記参照)。その後、マイケルに曲を提供したことでも有名なリオン・ウェアのLIVEを観ながら友人たちとの会食。帰って紅白でSMAPがやったマイコーダンスをYOUTUBEでしっかりチェック。マイコーには及ばないけど、気持ちに感動。ありがとよスマップ。。

元日…昨晩大量に買い込んだケーキをおすそ分けしに兄家に早朝から乗り込む。(というか、兄夫婦をたたき起こす。)…して、車で入間アウトレットに連れてってもらう。元日からすごい人。帰りは、年末『お試しかっ!』でやってたびっくりドンキーをわざわざ探して夕飯を食べる。ここも元日からすごい混みよう。テレビ効果か??結構待つ。正月なんだから、みんなおせち料理食べて〜!!

2日…風邪ひく( 一一)朝から鼻水じゅるじゅる。寒気がする。仕方なく薬飲んで布団で撃沈。ほぼ一日中寝る。「せっかくの正月なのに!!」って夕方からむくむくと起きだして、表参道ヒルズへ。ジャン・ポール・エヴァンの高級ケーキと、らしくもなくブランド小物を半額で購入し帰宅。エヴァンのケーキ、激ウマ!!

3日…仕事はじめ。風邪は完治ではないが、時間を無駄にしたくなくて、朝からヨガレッスンで汗を流し、午後から結婚式会場へ。鼻声をひきずりずり歌う。帰りは池袋でショッピング。あまりにすごい人なので割と速効帰って地元でショッピング。

※正月早々…というか、大晦日早々。非常に印象深い出来事があったので、記しておく。

渋谷のスタジオでレッスンを受けて気持ちよくスタジオのビルを後にした。なぜか間違って裏口から出ちゃった。…ら、そこはラブホ街である。タタターと細道を抜けようと早足で歩いていると「すいません。」と声をかけられた。小汚い格好をしたひょろひょろのにいちゃんだった。一瞬、変な奴かと思って無視しようかとも思ったが、悪い人でもなさそうなので、ちょっと立ち止まり気味になった。にいちゃんは言った。
「この時間って、、、“買取”とかってやってないですよね…?」
なんのことかわからなかった。私の頭の中で“買取”がめぐった。何を買い取るんだ?
「か・い・と・り…??」
とりあへず、リピートしてみた。
「あ、、、買取って知らないですか。そうですか。えっと〜…」
って、にいちゃんは、言葉を選んでいる模様だった。私は、普段から無知な奴なので、“買取”ってのが、超一般常識単語なんだと思って、また「やっちまった〜。また常識知らずな感じをアピールしてしもた〜(+_+)」と悔やんでいた。そしたら、にいちゃんは言った。
「タイツとかを…買えないかと思って。。」
タイツ…??私はヨガのレッスンを受けた直後だったので、てっきりコイツもレッスンを受けるために、ヨガウェアのタイツを探してるのかと瞬時に思った。だとしたら、親切に教えてあげるべきだ。「そこのスタジオに売ってますよ〜」と。
が、にいちゃんは続けた。
「今、着てるタイツとかを…売ってもらえませんかね?」

げげげげげげげげーーーーーーーーーーーーー!!!!!
やっばーい!!やばいぞ、コイツ!!
…という気持ちと、「今日レッスンだけだから、毛玉いっぱいのタイツでいいや〜」ってそこらへんにあった適当なタイツをはいてきた、過去の自分を思い出した(^_^;)こんなの売れん。。

やばい奴だとわかった途端、返事もせずに立ち去ろうとしたら、にいちゃんは言った。
「一万円だすって言っても無理っすか??」
心のどこかで、毛玉いっぱいのど〜でもいいタイツに、いちまんえん??って思ったのは否めない。…が、ここで立ち止まっては女が廃る!!
私は颯爽と立ち去った。

ラブホ街から大通りに出た。にいちゃんは追っかけては来ない。あっさり引き下がった模様だ。他の誰かを探せただろうか。それにしても、“買取”って、そういう世界じゃ、常識語なんだろうか?もし、一万円につられてタイツを売ったとしたら、この寒い中、素足かぁ…と思ったりもした。あ、でもコンビニで新しいタイツ(毛玉ついてないやつ)買えたのかぁ…とも思った。でも一万円がそんなに欲しいか?そんなにお前はお金に困っているのか?いや、困ってない。うん、困ってない。。。と思い直した。
私の妄想は、めくるめく続いた。
もし「売る」ってことになったら、私はどこでタイツを脱ぐんだろうか。周りはラブホ街。結局ラブホに入るのではなかろうか?そしたら、結局タイツだけじゃなくて、下着とかも全部渡すことになるんじゃなかろうか。そういえば今日は下着さえも、レッスンだけだしどうでもいいやつだったぞ。って、そんなの外してる間に、私は襲われるんじゃなかろうか。
いやいや、何もラブホで脱がなくても、そこらのコンビニのトイレで脱げばいいんじゃなかろうか…。
それにしても、見た目はそんなに悪くない男だったのに、なにゆえそんないじいじした方法でラブホ街を徘徊してるんだろう。もっと正々堂々と女子と向き合いたまえ!!と、見も知らぬ怪しいにいちゃんに、心の中でカツをいれたりもしてみた。

次の日、義姉に聞いてみた。
「“買取”って知ってます??」
義姉はピンときてない感じだった。どうやら常識語ではないようだ。よかった。。
で、事の次第を説明した。義姉は言った。
「売っちゃえばよかったのにぃ〜!毛玉ついてるタイツなんてどうでもいいんだし、高級タイツ売り渡すよりラッキーじゃん!!」
・・・そうきたか(^_^;)
さすがは、はっちゃけてる姉の意見だ。そうか〜。やっぱ一万円につられて売れば良かったかぁぁ〜!!と少しだけ後悔したのだった。

よ〜し。。今度また渋谷のスタジオ行った暁には、また裏口から出てみるか!??(笑)
【2010/01/03 22:49 】 | 未分類 | コメント(2) | トラックバック(0)
年末感
年末感…が、まったくない。
もっとウキウキわくわくしてもいいのに、田舎に帰る!とか、おせち料理作る!とか、そういうイベントもないので、普段の日と全然変わらない。あまりに年末感が湧かないので、レッスンでお客さんに「これで私のレッスン最後の方もいると思いますが、今年も一年間ありがとうございました。皆さま良いお年をお迎えください〜!」って張り切って言ってみたけど、それでも実感はわかなかった(−−)。

というわけで、2009年をなんとな〜く振り返りつつ、2010年の大まかな目標を立てたりして、年末感を無理やり味わってみようと思う。

2009年、20代最後のこの年は、なんだかほっとんど「マイケル漬」の年だった。私にとっては、マイケルに出会った年であり、マイケルと別れた年であり、マイケルからいろんなことを教わり、様々な芸術・音楽性を学び吸収し、エンターテイメントの究極を知った年だったと思う。下半期は、ほぼマイケルに浸り、熱く語る私に若干引いた人さえいるだろう。
でもマイコー好きが高じて仲良くなれた人もいるし、マイコーのグッズやCDを強引に借りるために疎遠な友達にも会う機会があったし^_^;、そんなにファンじゃない人さえも巻き込んでマイコーワールドを吹き込んだりして、友達の輪が若干広がったりしたことは、割と楽しい出来事だった。20代の最後の年をマイケル一色に染まったことは、なんだかスバらしく素晴らしい一年だったような気がしてならない。

まず大きな変化は、今までただただなんとな〜く生きていた私が、『人生は一度きりなんだ』ってちゃんと実感した年でもあった。友達に言うと「今さらかよっ!!」って大きく突っ込まれたけど^_^;、マイケルの死が、私にもうちょっと積極的に前を向いて、後悔のないように元気に楽しく生きていかなきゃいけないんだって、教えてくれた気がするのだ。
30代に近づくにつれて、仕事もガツガツやるだけが全てじゃないと思ってきた。過密スケジュールで、すぐさま仕事に喰いついて、なんか生き急いでるかのように焦ってた頃(3,4年前?)もあったけど、利益や名誉のためだけじゃなくて、ゆとりと自分が楽しく元気でいられる場所や時間が必要だと思った。
そうして掲げた昨年末のブログでの目標『頑張らない。』は、そういった意味では確実に守られた一年であったと思う。「面倒な仕事」<「つまらなそうな飲み会」<「楽しい仕事」<「楽しみにしてたテレビ番組」<「仲良しの友達との会食」と、ちゃんと自分のやりたい方を取捨選択しながら過ごしてきた。

そして来年は…。そう。。とうとう三十路を迎える来年の目標は…。
「もうちょっと頑張る。」
に、しようと思う。
なぜなら、テレビで紳助さまがこんなようなことを言ってたからだ。↓
人生とは、20代30代がピークで、そこで努力した結果や頑張って得た知識や経験が、40代50代への生き方へとつながっていく。どれだけピークの時期に踏ん張れるか、頑張れるかで、後の人生が大きく変わってくる。
まぁ、紳ちゃんのような偉大な人がいうと、それなりに説得力があるけど、成功した者だからそんなことが言えるんじゃろ(-.-)って考えてしまいがちである。でも、あながちウソじゃないだろう、この言葉を信じて、「もうちょっと頑張って」30代を生きてみようと思うのだ。
私は劇団やめてから試行錯誤しながら色々やってみながら、30歳になるまでは好きなことをやって、それからは堅気の仕事に就こうと考えていた。でもやっぱり歌はやめたくないし、なんとなく始めてみたインストラクターの仕事も、身体づくり、体力づくりといった面でとてもいい効果とやりがいがある。

マイケルに教わった「人生は一度きり」という事実と、紳ちゃんが言ってた「一番輝ける30代をしっかり過ごすこと」を胸に秘め、2010年私は前向きに楽しく、今年より「もうちょっと頑張って」生活しようと思う。
具体的には、まず“健康”。健康でなくては何もできん。食生活をちょいと見直そう。スイーツばかり食べるのを減らして、ご飯ちゃんと食べよう。。ちょっと自分に厳しく、これまで以上に運動や筋トレを取り入れて生活しよう〜。アンチエイジング頑張ろう〜。若い30代でいよう〜。
そんなこんなで取り急ぎ、年末年始は身体引き締め週間である。暇さえあればレッスンに行く、筋トレをする。正月だからといってグダグダしない、食べすぎない。目指せ、チョン・ダヨン(←韓国の筋肉ムキムキのカリスマ主婦)。

あぁ〜こうして来年の目標掲げてみたら、だんだん“年末感”がでてきた。2010年、UFOは、もうちょっと頑張ります!!今年お世話になった皆さまありがとでした。来年もどうぞよろしゅう頼みます(*^^)v良いお年を〜☆★
【2009/12/31 22:22 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
シェルブールの雨傘
本日は『シェルブールの雨傘』in日生劇場の観劇〜。いつとったチケットだか忘れたけど、行ってみたら最前列だった…(−−〆)
いんや〜感激〜!!有名なのにちゃんと見たことなくて、こんな古いミュージカル映画を舞台化しても、流行るのか〜??なんて思ってたけど、、、流行る〜!流行って〜!!(←願い)

物語はちょーベタな話である。ざっくり説明すると、“周りも何も見えてない若いカップルが戦争で離れ離れになっちゃって、それでも信じて待ち続けるんだけど、時間は流れ、離れる日にできた彼の子供も含めて面倒をみてくれるとアプローチしてきた、金持ちの気のいいおっちゃんと女は結婚しちゃって、戦争から帰ってきた彼は失望の後に、昔から近くにいてくれた家のお手伝いさんと結局結婚することになって、お互いはお互いの人生を歩むんだけど、何年後かにバッタリ再会して、それでも思い出を胸に、お互いが幸せに暮らしてることを確認しあいまた別れる。おしまい。”って話である。
昔の私なら純愛の時点で、えらく引いちゃって、感情移入できなかったりしたもんだけど、一幕終わって、周りが見えてないと言えども、本当に愛し合ってる二人が離れ離れになるときは、涙が出そうになった。こんなベタなシーンで泣けるなんて、もう年だな〜と思った。
そう。もう年も年だから、この物語を深いと思えるのかもしれない。若いころは相手しか見えてない恋をするもんだけど、その恋を成就させる人なんてほんの一握りで、たいていは「あのころ、青かったな…」って思って、また新しく冷静に大人な恋をする。青かった時代の思い出も、ずっと胸の片隅にはあって、忘れられない人も実はひそかに心の奥にしまってあったりする。でもやっぱり時間は刻々と過ぎ去るし、振り返ってばかりもいられないから、みんな前を向いて人生を歩くのだ。
そしてまた、この物語があり得る感じで進んでいくところもいい。女が彼への思いを貫き通して、金持ちのおっちゃんのプロポーズまではねのけて待ち続ける…って話だと、いかにもラブストーリーって感じでどん引きなんだけど、胸をひきさかれながらも、結婚しちゃったところがいい。そしてさらに数年後に、再び過去の彼に会っても、本能だけですぐよりを戻してしまうような、やすっぽい不倫劇じゃなくて良かったと思う。多くを語らず相手の幸せだけを確認して別れる。あぁ〜なんてええ話や〜(@_@)(←おばちゃん)

主演の芳雄くんはどんどんいい男になっている。間違いない。昔は軽石のようなストーンとした声で若干渋みに欠ける声だなぁ〜なんて思ってたけど、重低音の響く良い声になってると今回心から思えた。すさまじい思いをした戦争で彼女を思い続けるシーンも、帰ってきてから彼女が結婚してしまってることを知り失望し荒れ狂う場面も、心が痛くなるくらい伝わってきた。彼が40代、50代とどんな男優になるのか同年代なだけに、ちょっと興味深い。私が舞台を見始めた頃、二枚目の主演男優だった岸田智が、もう三枚目のおっちゃん役で、岸田智がやってたサイゴンのクリス役を、今では芳雄くんがやってるわけだから、特に芳雄くんの将来がやたら気になったのだった。
初見の白羽さんは、とても愛らしい感じ。元ヅカなので歌唱力とか期待してなかったけど、全編メロディーの作品だったけど、ちゃんと聴けた。彼を愛するまだ子供のようなまっすぐな気持ちの表現とか、再会したときの表情とか本当に良かった。(最前列なだけに、細かいとこ見てる(^^ゞ)
ダンサー陣もすごかった。セリフがないのに動きだけで、ストーリーを語ってくれる。劇団時代、お世話になった由佳さんのダンスもまた舞台で見れて嬉しかったなぁ〜。皆、いい身体してんなぁ〜。

そして、何よりミシェル・ルグランの名曲。一度聴いたら耳から離れないあの音楽。『壁抜け男』好きな私ですから、『シェルブールの雨傘』もすぐに好きになるわけである。帰って早速、映画サントラの予約。そして歌う歌う歌う。『シェルブールの雨傘』いつの日にもあなただけ待ち続けて生きていく…
普段冷めている私の部屋から、今宵は熱烈な歌詞の歌声が鳴り響いているのでありました。。。
シェルブールブーム、私の中で数日間続きそうです。

最近、自分が舞台やってないのをいいことに、観劇の感想を言いたい放題書きまくってる。もっと毒吐いていこうかしらん。。。舞台経験者だけにあながち外してない、的を射た良い感想文のときもあると思うのであります(^^ゞ

さぁ、あなたも今すぐ日生劇場へ〜!!…って明後日までじゃん。(^^ゞ
【2009/12/27 00:36 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
29歳のクリスマス
先日までお昼に再放送してたドラマ『29歳のクリスマス』を見ていて、自分が29歳のクリスマスを迎えようとしている事実に唖然とした。あのドラマを見てたのは、たぶん中学生くらいで、「大人になればあんなことやこんなことがあるんだぁ〜☆」なんて思いながら見ていたもんだ。実際、自分が“29歳”のクリスマスを迎えるにあたって、わかった事実は、「な、なんもねぇ…(-"-)」ってことである。
物心ついてから、クリスマスは、お家でケンタのフライドチキンとポテトを山盛り積んで、近しい誰かとプチパーテー♪ってのを理想にしてたが、なぜか、こんなつつましやかで、ささやかな希望さえ、29年間一度も叶ってないのである。

今日はお台場で仕事だったので、ヴィーナスフォートに新しくできたアウトレットとやらをついでに見てやろう〜と早めに到着したものの、すごい人で周りはカップルばっかりだった。一人シラけた感じで、楽しげなカップルを横目で見ながら「こんな人ごみのところに連れてこられて彼氏かわいそう〜。」と思ったりしていた。こういう時、なぜか私はいつも男目線になる。「彼氏とらぶらぶアウトレットデートいいなぁ〜♪」という女目線にはならない。
仲のいい先輩に、つい先日「UFOってさぁ〜。完全に中身“男”じゃん?」って言われた時、軽い衝撃を受けたけど、こういうところに来てもなお、男目線で物事を考えてるんだから、先輩の言葉は的を射てるのかもしれない…と受け入れることができた。確かに、私ならこんな混んでるところにデートで来ても、きっと「つまんねぇ…(−−〆)早く帰りてぇ〜」と思ってしまいそうだ。周りを歩いてる女子みたいに、楽しそうにはきっとできない。

クリスマスが平凡なのは、この男っぽい性格と引きこもり干物体質にあると思う。混んでるとこ苦手だし、外食より家食派だし、テレビ大好きっ子だからこうなるのである。数年前、M-1を見るためだけに、全てのデートの申し出(?)を断り、部屋に引きこもって一人で見た。特に後悔はなかったし、むしろ一人でテレビを見ることを選んで正解だ!!とまで思った。こんなM-1好きな私だから、もちろん今年も一人でかなり楽しんだ。
毎年、M-1は生で見る!っていうのを、くだらんモットーにしてるのだけど、今年は、仕事でどうしても間に合わなかったので、とりあへず録画した。ちなみに仕事場で「今日M-1だね〜」と話をふっても、とりたててM-1に興味を示した者はいなかった。「このあとオペラの稽古なんだよね〜」とか、「これからワイン飲みに行くんだ〜」とか言っちゃって、M-1話でひたすら盛り上がろうと思ってた私は、、、「音楽やってる人たちって、合わん!!(`´)」と内心がっかりしていた。(←自己中)

仕事が終わるなりとっとと帰宅し、親が見ていたM-1の音がこちらに聞こえないように、耳をふさぎ、「あわわわわわ〜」と大声を出しながらリビングを通って、自分の部屋にこもった。それでも大音量でテレビの音が聞こえてくるので、こちらも負けずと、大音量でマイケルの音楽を流した。自分が見るまでは結果を知りたくなかったので、ネットも開かず、友人からのネタばれメールも来ませんように…と祈りながら、M-1終了の時間までひたすら音楽聴いたり、他のテレビ番組を見て過ごした。
録画が終わって、いよいよはじめからM-1を見た。(←ちなみに私の部屋のHDDは古いので追っかけ再生はできない(^_^;))
私は、笑い飯がとても嫌いなので、彼らが優勝しませんように〜と祈りながら見る。優勝してほしくないコンビがいると、結構一人で盛り上がれちゃうのである。でも、今年は控え室で、笑い飯がマイケルのマネをしてたり、いつもより見た目が小奇麗になってたから、例年ほどの嫌悪感はなかった。
M-1が好きな割には、たくさん芸人を知ってるわけじゃなく、お笑い番組はくまなく見ているわけでもない。M-1だけが好きなのである。だから、知らない芸人も出る。でも朝送られてきた友人からの優勝予想メールに“パンクブーブーか敗復組!”と書かれてたので、パンクブーブーが出てきたときだけは、かなり本腰を入れて見た。面白かった!!
一人で、ガハハと笑いながら、布団に転がってる三十路前のおばちゃんって、傍から見たら相当イタイな…な〜んて、その時は考えもしなかった。ひたすらM-1は面白く、嫌いな笑い飯もいい感じで決勝まで来てくれちゃって、負けないようにパンクブーブーとノンスタイルを応援しては一人興奮する。ドキドキしながら、審査員の結果発表を待つ。確実に、応援している我が子の方が面白いけど、もし笑い飯が勝ってしまったら…(>_<)ととても冷や冷やする。
結果は私の希望通りになり、パンクブーブーの下積み時代の長さを思って心から「良かったねぇ〜(@_@)」と思い、去年から結構好きなノンスタのファイトにも感動し、何より笑い飯が優勝しなくて良かったぁぁと胸をなでおろす。M-1って毎年、評価が正当なところが好き。R-1やキングオブコントみたいに、結果が腑に落ちないことがないから好き。

そんなわけで、今年も興奮のうちに番組は終わり、私はすっかりいつもなら寝ている時間を過ぎ、結局ちょっと興奮状態のままイマイチ寝れずに朝を迎えた。
テレビ一つでこんなに盛り上がれちゃう私。人ごみデートより引きこもり干物を選んじゃう私。ケンタッキーのクリスマスパーテーがしたいと願いながら、なぜか叶わぬ私。『29歳のクリスマス』はそんなこんなで、平々凡々ないつもとなんら変わらぬ日になりそうです…(━_━)ゝ
【2009/12/23 22:50 】 | 未分類 | コメント(4) | トラックバック(0)
お宅訪問♪
帰国してから、怒涛の勢いで友達のお宅訪問をしていた。最近、旦那の転勤とか、実家の近くに住みたいとかで、ご近所さんになる人が増えて、なんだか嬉しい。やっぱり持つべきものは日本の友である。
第1次結婚ブームも過ぎ去り、ちょうど1歳〜2歳くらいのお子ちゃまのいる家庭に乗り込んで、人んちの家庭事情や、子育て状況や、嫁姑問題や、旦那とのイザコザや、逆に相思相愛状況などの話を聞く。こう言っちゃ〜なんだけど、訪れる家庭によって、「やっぱ結婚って大変だよなぁ…」って思うこともあれば、「こういう結婚生活ならしてみたいわ〜」って思うこともある。
また、親の育て方と育てられた子の性格がもろに出てくる時期でもあり、傍から見る分には、とっても興味深い。品のいい夫婦にはおとなしそうな子が。要領のいい母には、赤ちゃんながらになんでもできちゃう子が。破天荒な親にはやんちゃな子が…etc。。。とにかく親に徐々に似てくる様子がわかる。他人の子にどう接すればいいかなんて、一年前の私じゃわからなかったけど、最近はどの子も可愛く、友達の子に会うのもひとつの楽しみだったりする。こういう風に育てれば、こういう子ができるのか…などと、育児について学んだ気になりながら、自分が子育てするその時に備えて(←いつ?)、鋭意準備中なのである(??)。

旦那さんの転勤でようやく関西からこっちに一緒に住めることになった、高校の先輩&大学の同級生は約2年ぶりくらいの再会だった。東大のサークルで知り合い、旦那さまもそのサークルだったので、顔見知りということもあり、わざわざ休日に乗り込んでいった。
そう。この夫婦は東大&お茶大っていう、よくある組み合わせカップルである。大学時代、東大のサークルに足を運んでも、そこにいる男性のことなどあまり気にせず、ぽけ〜っと参加していたので、彼女から付き合ってるって事実を聞いたときもビックリだったし、そのまま結婚すると聞いたときは、仕事の合間をぬってお祝ソングを歌いに行くほどだった。いつあっても、息がピッタリな感じで、私にはついていけない賢そうな高学歴会話に、いつも圧倒されつつ「か、かっけぇ〜…」と尊敬して帰る。
私も一応はお茶大なので、東大生と結婚すると…っていう妄想を常に抱いていたことがある。というか、お茶大にいる以上、周りの男友達が東大生ばかりだったので、それしか想定できなかった時代がある。知人には「東大生なんてやめときなよー!頭良すぎて、ヘンじゃね!??」という人もいる。確かに、この夫婦の旦那としゃべると、いつも「ちょっと何言ってんのかわかんない(←サンドイッチマン風)」ってことがままある。で、私はバカ正直に「ちょっと話についてけてないんですけど、○○ってなんすか?」って聞くと、懇切丁寧に教えてくれるのである。
嗚呼。優しい天才パパに、家事育児なんでもこなす秀才ママ。すでに頭のよさそうな品のいい娘。なんとも素敵な家庭である。「これか。勝ち組ってのは…」と素直に思ってしまう瞬間だった。
急な訪問だったのに、人参スープ、コールスローサラダにピザ、デザートにはガトーショコラまで全て手作り品が出てきて、幸せ夫婦宅でいっぱい幸せを吸収しつつ、負け組街道まっしぐらに歩いてる自分を認識して帰宅した。

続いて高校の友達宅へ〜♪
まぁ、彼女にはちょくちょく会ってるので、久々の感動とかはないんだけど^_^;、みるみる大人の力をつけていく愛娘に感動〜。1歳半にして、ここまでできるか?って感じ。さすが、要領のよさで人生を切り開いてる母の子だけのことはある。
昔から私の人生の指南役として、貴重で斬新な切り口の意見を授かっていた彼女だけど、今回もたくさんタメになるお言葉と機会をいただいた。彼女の生き方や考えを学びつつも、テコのように動かず、毎年、現状維持な私は、この先どうなるんだろう…な〜んていう、危惧はおいといて(^^ゞ、ベルアメールの高価なチョコレートケーキを御馳走になり、舌鼓を打ちながらスイーツの幸せ時間を共有して帰宅した。

さらに、小学校の同級生宅へ、徒歩20分のとこに越してきたというので、早速のご訪問♪
割と良い家に住んでいる友達が多い中で、彼女のお宅はこじんまりとしたアパートだった。洗濯機が外にある。めっちゃ寒い日に行ったので、「外で洗濯するの寒そうだな…」って思った。結婚とは…“金”なのか、“愛”なのかっていう、根本的な問題に考えが及びそうになる。
でも子供は、周りのどの子よりもたくましく元気に育っているし、中に入ると家庭の温かみがどこよりも感じられる。嫁姑問題が勃発し、引っ越さざるをえなかった彼女の事情など聞きながら、家庭の温かみと難しさを感じたのだった。

ところ変わって、高校の先輩宅へ♪
彼女はもうだ〜いぶ前に結婚しているのに、子なし。できないのではなくて、作らない派の子なし。
久々に会うし、もう結婚生活も5年だからさすがに「子供作ろうかな〜とか思ってんじゃないの〜?」と思ったが、相変わらず「子供なんていらねー」だった^_^;でも、さすがに世間体とか人道とかを考えるとちょっと悩む時もあるらしい。
以前お家に伺ったときに、すっかり仲良くなった旦那さまも交えての3人トークは終わりがなくて、帰ろうとしてた時間をすっかり過ぎてしまった。完全に奥様主導のこの家庭は、従順な旦那さまがとてもマイルドに妻を包み込んでいる犬のような存在で、ケンカも全くないらしい。なんだかとてもうらやましかった。こんなに仲が良ければ、子なしもアリだよねぇ〜って思える。
好き嫌いの激しい私に、食べれそうなお寿司ネタを買ってきてくれて、帰りにはあんみつの手土産までくれた。「またいつでもおいでよ〜。一緒に夕飯だべようよ〜」って旦那さまともども言ってくれて、ありがたや×2…と拝み倒して帰ってきた。

そんなこんなで楽しい家庭訪問。居酒屋で飲むより、友達とカフェするより楽しいお宅訪問。「実はウザがられたりして…(-"-)」な〜んていう危惧は棚上げにして、来年もたくさん訪問させてもらいます(^^ゞ
どんぞよろしく☆★
【2009/12/13 21:04 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
当たった系
イタリアへ行く前に、美容院の覆面調査が当たってしまったので、「…ったく、この忙しい時に…(-"-)」と思いながら、わざわざ都内某所まで足を運んだ。こじんまりとした、ちょっと他にはないおしゃれな美容院だった。調査はカットだけでよかったんだけど、プリンになってる根本のリタッチもしてほしかったので、謝礼金超えのメニューを頼んだ。
家からも、仕事場からも大して近くない美容院だったので、ここのスタイリストさんがとってもうまくても、きっと二度と来ることはないだろう…と思っていたが、仕上がった髪型が結構気に入って、また来ようと思えるほどだった。お客さんの心をとらえて離さないってのは結構すごいことだと思った。
遠くてもあそこの飯を食べに行こう。遠いけどあの人に会いに行こう。そう思えることって、そうやって人を動かせる魅力ってすごいな、、と漠と思った。

イタリアから帰ってきて、また居酒屋の覆面調査が当たった。
私は偏食&小食なので、外食となると数日前から胃の調子を整えなきゃならん面倒な体質で、その日は朝からチョコばっかり食べて過ごして、ご飯ものを食べたい腹にして夕方居酒屋へ乗り込んだ。
外食がたくさんできない体質の割には、居酒屋が好きである。酒を飲まない割にはつまみが大好きである。久々の居酒屋で、食べてみたい美味しそうなおかずやごはんをたくさん注文して、たんまり食べた。美味しかった。
居酒屋…またちょくちょく来たいなぁ〜と思って、満足気に帰宅した。

日帰りバス旅行が当たった。以前、家族皆で父の誕生日祝に…と、レストランに招待したときに、応募したものが当たったようだ。今年は年明けにも、日帰り旅行が当たって一人で行った。年に2回も当たるなんて、なんてラッキー少女なんでしょう。
バス旅は、『オパールミュージアム→焼津にて、マグロづくし御膳の昼食→日本平→清水港クルージング』とよくあるパターンの旅だったが、バスに乗って、ご飯食べて、また乗って着いたら降りて観光して…、またバスに乗れば家の近くまで送迎されてる、っていうおんぶに抱っこ的な生ぬるい日帰りの旅が、イタリアで自分の足で歩く責任大の旅の直後で、もう頑張りたくない私としては、絶妙なタイミングのいい塩梅の旅だった。
周りは年明け旅行の時同様、おばちゃんおじちゃんばっかりで、特に誰とも話さなかったし、専ら一人の世界を楽しんだ。
オパールミュージアムでは、高い宝石を誰か一人でも買えば、この無料バス旅ツアーは採算がとれるのかもしれないが、わざわざ無料のバスツアーに来るようなケチくさい客の誰が買うものか…と思っていたが、カモになったおばちゃまはいたらしく、結構バスの中で待たされることになった。
焼津港での昼食のマグロづくしは、魚がそんなに好きではない私としては、無駄なものを一生懸命胃の中に収める作業でしかなかったが、きっとお魚好きな人にとっては願ってもないお食事なんだと思う。
ところ変わって、日本平。この日はお天気がよく、素晴らしく綺麗な富士山が拝めた。お土産処であんころ餅の試食がでたが、お昼に無駄にマグロを詰め込んだ胃はもう悲鳴をあげており、あえなく断念した。そして、人より早く展望台に登り人一倍たくさん富士山を眺めていた。
最後は清水港クルージング。ちょうど夕暮れどきにさしかかっていて、ツアーバス3台分の人が乗り込んだ大型船のデッキの上に、で〜ん!!と一人場所をじんどり、海と山の風景をしんみりと眺めた。かもめにエサをあげているお客がいて楽しそうだったが、一人でエサをあげるのも微妙なのでやめといた。
なんだかんだ言いつつ、しゃべる人もいないおばちゃんたちに囲まれたバスツアーをここまで一人の世界に浸り楽しめる自分を「やるな…」と思ったのだった。

そして先日は帝劇に『パイレート・クイーン』を観に行った。(←これは当たったわけじゃないけど、ついでに…^_^;)
レミゼ&サイゴンのゴールデンコンビが生み出した最新ミュージカル!!ということで、好きな類の作品になるはずだったが、ちょっとイマイチだった。キャストも豪華。アイリッシュダンスも見ごたえ抜群!
…だけど、ストーリーにいろいろ盛り込みすぎてて、ミュージカルの作品として観たときにいまいちまとまりがない感じ。戦闘シーンも舞台だけにチャンバラに見えてしまうところもあり、そして、やっぱり祐一郎氏のどこが魅力なのか何度見てもわからなかったり。。。レミゼを祐一郎氏で観た同期の感想は「ちゃんとやって!!って思っちゃった。」だった。演技もしてなければかつての歌声もない。うーん。どこがいいんだろう。誰か魅力を教えて。。。(−−〆)
その他の実力陣に支えられながらも、私の感想は今一歩…。でも帝劇をこんだけ満席にするんだから、見る人が見たら感動と感激の嵐なのかもしれない。私はただ冷めちゃっただけなのかもしれない。
やるせない気持ちを抱えながら、サダハルアオキで冬季限定のホットチョコレートを飲む。
うんめえぇぇぇっぇぇぇぇっぇぇぇっぇ!!!!!(≧∇≦ )
今年のシメにふさわしいドリンクである。すっかり気分をよくして帰宅したのだった。

そんなこんなで最近の当たった系イベントの羅列。
これからもちゃっかりしっかり人生を楽しんでいこうと思うのでした♪
【2009/12/11 20:14 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
イタリア 〜最終日〜
イタリア旅行八日目。(ローマ→成田)
やっと帰る日だぁ〜〜!!…っていう、普通の人にはないハッピーテンションを持ち合わせながらも、せっかくのイタリア最後の日なので、貪欲に残りの時間ローマ市街を回ろうと朝からホテルを飛び出した。フライトは午後3時だったので、頑張って郊外に出かけることもできたのだが、バスの時間帯とかがうまく合わず、結局今一度ホテルの近場をめぐることにした。半日の観光ってのは、思いきってどっかに出かけるのも忍ばれるし、結局近場うろうろすることになるのがオチだし、どうせならすっぱりあきらめられる早朝出発のフライトの方がよくね?と一瞬思ったりもしたのだった。

ミラノのスカラ座、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場と見たので、やっぱり元舞台人の私としては、ローマのオペラ座も欠かせない。というわけで、早朝オペラ座の前を通り、なんとなくバレエのポーズで写真をおさめ、つづいてもう一度、トレビの泉を最後に脳裏に焼き付けるか…と二度目のトレビ訪問♪
トレビの泉は肩越しにコインを投げ入れると再びローマに来れるというジンクスがあるらしいが、コインなんて投げ入れなかったし、ローマに再び来たいほど感動したかといわれるとそうでもないし…というわけで、最後にしっかり人がうようよしてるトレビの泉も拝見しようと思ったのである。
歩くこと数十分…。やっとこついたトレビの泉は…。。。清掃中だった(−−〆)
泉の水は全部なくなっており、5、6人のおじさんたちが一生懸命ブラシをもって磨いている。貴重な場面が見れたという感想と、ローマの最後の思い出がコレか…という思いと入れ交じって、ちょっと複雑だった。。。

再びテルミニ駅周辺をふらふらしてから、ホテルに戻りチェックアウトを済ませて、空港へと向かった。空港へ向かう列車は一等席だったはずなのに、これまた相当汚かった。もう汚いとこ落ち着かない!!じっとしてるだけで体がかゆくなってくるような気さえして、ブルーだった。
空港に着いてからも、外国の不慣れな空港で、受付やら荷物検査やら最後のイタリア食の腹ごしらえやら、土産拝見やらで、クッタクタに疲れた。大旅行となると、最後の最後でこてんぱにやられるくらい疲れる。うん。また成田離婚の夫婦の気持ちがわかる気がする私なのだった^_^;

帰りの飛行機は行きの飛行機に比べてちょっと出てくる機内食や軽食が少なかった。夜行便(?)は仕方ないらしいけど、アリタリア航空も不景気らしいし、まぁサービスもこんなもんか〜(-.-)って感じ。でも鶏肉の機内食は意外においしく、そんなにお腹すいてなかったのにパクパク食べてしまった。
行きの飛行機と映画の内容も一緒だったので、特に見たいものがなく、12時間のフライトを本を読むか寝るかで過ごす。うだうだしながら、「あらもう着いたの?」って感じで飛行機は成田に到着した。

帰ってから荷物の仕分けをしたり、たまってた洗濯をしたり、部屋の片づけや買い物、そして予約してたローマ史の本を取りに行ったりで一日使った。明日からの生活をリセットするための時間がなんだか有意義で楽しかった。
出発時、イタリアに着いた時は、まったく時差ボケがなかったので、帰りも大丈夫だろうと思っていた。なんてったって、のびたくんみたいに寝るのが好きで、どこでも寝れちゃうのだ。余分に寝ろと言われれば寝れる体質なのだ。そんなわけで、平気さ〜と思ってたのだ。
…が、時差ボケは二日後くらいから、次第に頭角を現しやがった。夜中に眠れず、昼間猛烈に眠い(+_+)仕事以外の時間に不覚にも寝てしまうと、猛烈に自己嫌悪に陥り、なんだか次第にブルーになってくるのだった。

これなのだ。旅とか楽しみなイベントとか、素敵なデートとか、やりがいのある仕事とか、そういうテンションあがることをすると、後ほど一気に気分が落ちることがある。何がブルーなのか、何に心が沈んでいるのかわからない。たぶん原因も理由もあるんだろうけど、それがなんなのかわからず、ただひたすらずーーっとブルーなのである。
友達が前に「楽しいことするとさ〜。あとで妙にさみしくなったりするから、そんなにわくわくドキドキすることっていらないよね。普通の日常が一番じゃない?」って言ってた。あながち外れてないと思う。私も日常生活を一番好む体質の人間だ。

旅から帰っての数日間。どうしようもなく落ち込む気持ちと、なんだかやるせない気持ちで過ごした。
だからといって、この旅を後悔しているわけでもない。とても楽しい貴重な旅だったのだと思える。20代最後を飾るべくほぼ無計画で飛び出した日本脱出劇。再びローマに行く日はくるのだろうか。またイタリアへこの先の人生で行くのだろうか。私のことだから、またイタリア行くくらいなら、パリとかオーストラリアとか全然違うとこ行きた〜い!って言いそうである。だからイタリア再訪問はない気がする。
だからこそ、貴重なステキな旅だった。壮大な歴史と荘厳な宮殿や教会をめぐる自分の視野を広げる旅だった。

あれから10日間が過ぎた。日本の通常生活にも慣れてきた。
私は20代最後のイタリア旅行の思い出を胸に、古代ローマ史の本を片手に、もうすぐ三十路を迎える。
イタリアの旅よ。。。ありがとう。。。
【2009/12/03 23:45 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
イタリア 〜7日目〜
イタリア旅行七日目。(inローマ)
今日は朝から混みそうな観光スポットをせめることにした。まだバスも運行していないので、ホテルから歩いてトレビの泉、スペイン広場へと向かった。人気観光スポットを朝からせめるというのは、案外正攻法かもしれない。昼からは人でごった返しそうなところを、誰もいない広々とした空間で写真をとることができた。昨日のバチカンも早朝からせめれば、あんなに気が遠くならなかったかもしれん…などと思いながら、早朝散歩を楽しんでいた。
誰もいないスペイン広場もなかなかお目にかかることができないだろう。私はオードリーになった気分で、スペイン広場の階段をえっさこいさと登っていった。階段の上に到着すると、あやしげなイタリア人が声をかけてきた。日本の有名なサッカー選手の名前をあげながら、近づいてきて親しげに日本語を交えながらトークを続ける。こっちがすっかり気をゆるして笑顔を見せたところで、絶妙なタイミングでミサンガをさしだしてきた。
あぶなっっっ!!!!!
こいつは何度もガイドブックやら友達の話でできてた奴だ。親しげに近づいてきて、プレゼントみたいにミサンガを腕に巻きつけてきて、やたら高い金を要求するとかいうアレだ。私は悪徳商法とか、詐欺に絶対引っ掛からない自信がある。…というわけで、今回もミサンガが出てきた途端、「うっキーーーーー!!(`´)」と目をつりあげ、逃げるようにそいつから去ってきた。

それにしてもイタリア人。怠け者なんだか、ユニークなんだか、ところどころにそうして人をだまして金をかすめとろうとする輩もいるし、彫刻そのもののように固まってるので、面白がって写真を撮ると金をせびるし、足の悪いジジババはそれをアピールしながら腰を曲げて歩きつつ、小銭の入った缶をちゃりんちゃりんさせて「めぐんでくれぇぇ〜」って言ってるのもたくさん見かけるし。。。なんだか面白い人種である(-"-)

その後、バスが動き始めた時間で、かなりの待ち時間をくらいながら、真実の口へ。また110バスの非難をさせていただくと、なかなか来ないわ、客待ちのため一つの停車時間が長すぎるわで、かなり時間を無駄遣いして、昼近くになって真実の口に到着した。列ができてしまっていたが、無事ローマの休日の如く写真をとってその場を後にした。
そして、このあとの観光が、私にとって、今回の旅べスト3位に入るだろう、心に残る観光となった。フォロ・ロマーノとコロッセオである。ローマって歴史が深いすんごい街なんだっ!ってことが、ここでわかる。なんちゃって歴史好きな私は、フォロ・ロマーノとコロッセオの日本語ガイドを聞きながら、紀元前後からの建築物がこうして跡を残していることに感激し、そんな頃からこんなに栄えていた事実に驚愕した。
ちなみにここの音声ガイド、バカみたいに説明が長い。どこまでしゃべんねん!!って突っ込みたくなる。要領よくポイントを踏まえた説明をしてくれればいいだが、バカ正直に全部聞いているとフォロ・ロマーノだけで日が暮れそうである。それでも、全然知らなかった歴史の話をすみずみまで聞きながら、私は次第にこのローマにすごい興味を抱くようになっていた。
「今さら!??世界史で習いましたよね?」
なんて質問は、私には愚問である。学生時代のことなんて覚えちゃいないし、過去のことは水に流すタイプだし(?)、百聞は一見にしかずなのだ。大いに感動した私は、このフォロちゃんとコロちゃんで、この日一日の大半の時間を費やすことになる。歴史って深い!面白い!!私は結構感化されやすいタイプなので、この日ホテルに帰ると、早速ネットで「古代ローマ入門」「図解ローマ史」「古代ローマ辞典」と予約したのだった。(←単純)

壮大な歴史を学び、賢くなった気になりながら、道端を歩いていると栗屋さん発見。そう。イタリアにはところどころに大きな焼き栗がこんもりになっている出店がある。「一度食べてみるといいよ」とイタリアツーの友達に言われてたので、初イタリアン焼き栗を食べる。美味しかったけど高かった。いえ、高かったけど美味しかった。

その後、イケてない110バスにまた乗車して、まだ行ってない観光地ポポロ広場に向かった。だいぶ日もくれかけていて、小腹もすいていたので、その広場のロサーティというレストランで軽食をとることにした。ローマで食べようと思ってた、最後の砦(?)スップリを食べる。チーズやライスの入ったライスコロッケであるコレは、ローマの一応名物らしい。ロサーティというお店は、ガイドブックにも載ってるし、格調高いお店みたいだけど、スップリは素材はいいのに半分冷めた状態で出てきて、それほどの感動はなく終わってしまった。日本のイタリアンでスップリリベンジしたいと思う。。。

とっぷり日も暮れて、残り僅かなローマ観光を土産の時間にする。なぜか日本にもあるローマ三越に足を運び、テルミニ駅地下のショッピング街をうろつく。三越に入ると、そこにいるのは日本人観光客ばかりで、みんなローマまで来てそこまで日本産が恋しいか…と思ってしまった。という私もしっかり拝見しに来てるけど(^^ゞ
土産はほとんど買わずに自分用のチョコレートだけ大量に買い込みホテルに戻った。かさばるチョコレートたちをスーツケースに詰めて、明日のフライトの準備をする。ちっちゃなスーツケースで日本を出たのに、土産を買いこんでもなおこのスーツケースで間に合っちゃう自分を、壮大なスケールのローマを見た後にして、スケールのちっちゃい人間だな…と思った。
イタリア観光も、明日の飛行機乗るまでの時間、半日となってしまった。ほっとする反面、旅の終わりを感じてちょっと切なくもなる、最後のイタリア泊の夜なのだった。

つづく…
【2009/12/02 05:43 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
イタリア 〜6日目〜
イタリア旅行六日目。(フィレンツェ→ローマ)
イタリア最後の都市、ローマに到着〜!!
旅も後半戦となってくると、なんだか疲れてくる。スーツケースを引きずりずり、ホテルまで向かう道中で、死人に出会う(+_+)。警察が道で横たわっている人を取り囲んでいるので、酔っ払いかと思ったが、よくよく見てみると頭から血が出ている。お亡くなりになってるのだろうか…。
ローマ、テルミニ駅到着後、すぐの出来事で、危険な街ローマ…という印象が脳裏に残る。
というのも、このローマ。なんだか知らないが、ものすごい頻度で救急車が走っている。1時間に1度は必ず救急車のサイレンの音が聞こえてくるくらいである。この街はそんなにも急病人が多発する街なのか!と思う。

それもそのはず。こんな巨大な都市で、こんなに名所がたくさんあって、人は散り散りになってもいいのに、どこに行ってもすごい人である。もめ事が起こらないわけがないってくらい、道も観光箇所も人でごった返している。
テルミニ駅から徒歩10分くらいの、小奇麗なホテル「ディオクレチアーノ」に荷物を置いて、颯爽とローマ市内観光に出かけるも、あまりの人の多さと、これまでの都市よりだいぶ気温もあがっていたので、だんだん意識が朦朧としてくる。
ローマ市内をぐるぐる10分間隔で回っているという、2階建ての観光バス、110バスの2日間乗車券を購入し、2階の席を陣取る。明日回る予定のフォロ・ロマーノやコロッセオを見下ろし、暖かでさわやかな風を浴びながら、市内を半周してバチカンで下車する。

バチカン市国…。例の世界一ちっちゃい国とかいうあの国には…、これまたすごい人人人(-"-)
サン・ピエトロ大聖堂に入るのでさえ、長蛇の列ができている。フィレンツェから移動してちょうどお昼くらいになってたからか、観光客数もピークを迎えていたのであろう。人ごみと暑さで、もう観光気分もすっかり消え失せ、「おら、早く日本に帰りてぇ〜」と、すっかりホームシックに陥る私なのであった^_^;
それにしても、ローマというとこは、見るものがいーーっぱいあり過ぎて、どこもかしこも遺跡だとか世界遺産だとかで、一体どこまで拝見すればいいのやら、どこまで掘り下げるべきやらわからなくなる。大聖堂の荘厳さとか、教会の作りの緻密さとか…「はいはい。もうわかりましたよ…」って感じで、立て続けにすごい建築物を観ていくと、次第に慣れてきて、初期の感動も薄れてくる。

そんなわけで意識が遠のいたままでの、サン・ピエトロ大聖堂の見学の感想は「ふ〜ん…」だった。未だに大聖堂の偉大さを感じ取って、写真をパチパチとっている相方を横目に私は、一人しゅんとなっていた。
人ごみを抜けて、お昼ごはんのカフェに入った。季節のサラダとバジリコパスタとオレンジジュース。どれも美味しそうで、おいしかったけど、味が濃いのでこれを食べ続けると太るだろうし、飽きるだろうと思う。
エネルギーを補給してからは、「ローマの休日」の途中のシーンでおなじみのサンタンジェロ城、ナヴォーナ広場を回った。ナヴォーナ広場で、ジェラートを荒く砕いたチョコレートでコーティングしたローマ生まれの冷たいドルチェ「タルトゥーフォ」を食そうとお店を探した。タルトゥーフォで有名なお店は、この広場にあったが、たかだかジェラート一つで10ユーロもしたので、ケチってそこらへんのテイクアウトのお店で、タルトゥーフォを注文したら、出てきたコレのお味は、サイゼリアで最も美味しいと思われるデザート「トリフアイスクリーム」の味そのものだった。日本ではサイゼリアに入ると喜んで、食事のメニューより高いこのデザートアイスを頼むけど、わざわざローマまで来て、一番安いタルトゥーフォを食べなくてもよかったかな…と少々後悔の念が残ったのだった。。。
あぁ。日本でも本格的なタルトゥーフォ食べられる店ないかしら。誰かおせーてm(__)m

その後、歴史上とっても価値がある古き建築物、パンテオンをこれまたなんとな〜く拝観し、また110バスに乗って、ローマ市内をぐるぐるぐるぐる回っていた。110バスは、10分間隔でくるとか言ってるけど、ものすごく待たされた。まったく来やしない。口コミがあるなら文句いっぱい書きたいくらい、今日も明日もかなり待たされることになった。そんでもって、イヤホンガイドがついていて、席に座ってイヤホンをさすと、日本語ガイドが流れてくるシステムになってるのだが、このガイドがとりたてて面白おかしくしゃべるでもなく、ずーっと一本調子で解説されているだけなので、聞いていても大して面白くはない。
それでもなんだかんだで、このでかい都市を歩いて回るより、バスで巡った方がいいだろうということで夜にかけて、ローマ市内を3時間くらいかけて二周し、しっかり観光した気分にだけなって、ホテルに戻ることになった。

最後のホテルは、新しくできたばかりでとても綺麗で雰囲気のいいところだった。バスルームは床暖で大理石でできてる風で、昨日までのフィレンツェのホテルとは違い、かなり落ち着いて夜を過ごすことができた。
明日はいよいよローマ最終日。今日のように意識朦朧とした観光にならぬように、しっかり最後をおさめなければ!!という意気込みのもと、深い眠りについたのだった。

つづく…
【2009/12/01 09:15 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
イタリア 〜5日目〜
イタリア旅行五日目。(フィレンツェ〜チンクエテッレ、ピサへ)
朝から腹痛で目覚める。毎月恒例のあいつは、今月も容赦なく予定通りにやってきやがった。毎月、一日目はひどく痛く、通常の生活をするのさえ不便である。これは薬で抑えつけるしかない。電車の中で、日本から持参したイヴを飲み、まずはチンクエ・テッレへと向かった。
そこはイタリア北西部のリグーリア海岸沿いにある5つの村で、ユネスコの世界遺産にも登録されている、観光地である。…といっても、夏場はかなりの人でにぎわい、土産物屋さんや名物のフォカッチャのお店も数多く出ているらしいが、今はオフシーズンだからか、絶景の海岸沿いを歩く風情と、大自然を目の当たりにしたものの、他の観光客にはあまり出会わなかった。

あまりメジャーな観光地ではないものの、フィレンツェからちょっと郊外に出たところで、こんなに落ち着いた空気の綺麗なくつろぎの場所があるなんて…と腹痛を抱えながらも、私は心に安らぎを感じていた。リオマッジョーレ、マナローラ、ヴェルナッツァ、モンテロッソ・アル・マーレと、選抜した村を降りて散策する。都会の喧噪や人ごみ、たばこ臭い街並みから離れて、なんだかとても穏やかで心和む観光だった。
ただ、電車が汚い(>_<)。大都市移動で一等車の超綺麗な電車ばかり乗ってた私は、二等車以降の普通のイタリアン電車たちの本当の姿を見ることになる。まともに座りたくない。ちょこんとお尻をシートにのっけて、背もたれにもたれる勇気もない。私は潔癖なんだろうか。あまりの汚さに落ち着かない。電車の中で休めない。おまけに朝飲んだイブはなぜか効かず、まだお腹が痛い。仕方なく、さらに強いお薬、ロキソニンを飲んで、次の下車地、ピサに備えることにする。

噂のピサは…やっぱり傾いていた!!
そして、思っていたよりずっと背が低かった。当たり前か。想像してるくらいの超高層ビルが傾いてたら、もう倒れているだろう。意外にちっちゃいピサの斜塔の周辺で、妙なテンションで写真をパチパチとった。お決まりの斜塔を抑えてるポーズ。自分も一緒に傾いちゃったポーズ。そこにいる観光客の誰もがやってるポーズを、なんの工夫もこらさず、なんの独創性もなく、同じポーズをした。(←意外に素直(^^ゞ)
ピサの斜塔へのぼるには、予約が必要だが、その日は直接チケット売り場に向かったらまだ余裕があって、すぐ登れることになった。斜塔の中の、ぐるぐる階段を駆けのぼる。傾いてるから、なんか足元もおぼつかない。でも、フィレンツェのドゥオモよりは、なんなくポンポンポンと頂上に到達した。斜塔の上から眺める景色は、ちょうど沈みかけてた夕暮れの日差しと重なって、どことなく愁いに満ちていて感慨深かった。
大きく傾いているから、すごく怖がっている日本人観光客も多かったが、私は高いところは全然平気なので、解放された気分で片足立ちでヨガポーズをとったりして、楽しんでいた。

限られたピサタイムを終えると、ピサの周りの屋台で、マイケルTシャツをみたり、イタリアサッカーチームのユニフォームの兄への土産を買ったり…としっかりピサ周辺散策を満喫した。
いつの間にか、お腹の痛みも消えて元気になっていた。腹痛の中、よく頑張って一日観光したなぁ〜と自分で自分をほめてあげて、ピサ中央駅をあとにして、フィレンツェのホテルへとご帰宅した。

その日もバタンキューで就寝し、フィレンツェ最後の朝を迎えた。いよいよイタリア最後の都市ローマへ向かう。最後のフィレンツェでは、早朝にホテルの近くのサンタさん教会(サンタ・マリア・ノヴェッラ教会)の前で、写真撮影をして一等車に乗り込んだ。う〜ん。やっぱり綺麗な一等車は落ち着く。昨日小汚い電車にばかりのってた私は、ローマ、テルミニ駅行きの高級列車の中で、配られるお菓子とコーヒーを片手に優雅なふるまいでセレブ気分を再び味わい、ローマ観光に向けて体力を備えるのだった。

つづく・・・
【2009/11/30 09:53 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
イタリア 〜4日目〜
イタリア旅行四日目。(ヴェネツィア→フィレンツェ)
ユーロスターの一等席に乗り、いざフィレンツェへ。一等席の乗客は、上品なセレブ風のおばさまや、優秀そうなビジネスマンたちで席が埋まっている。・・・の中に、ただの遊び観光の私たちが座るとちょっと違和感漂う列車となる。サンタ・マリア・ノヴェッラ中央駅に着くまでの数時間で、ドリンクサービスとお菓子のサービスが2回。まるで飛行機のようである。無料で配られるなんて、日本ではないサービス。素敵☆

駅について、ホテルに荷物を置き、早速フィレンツェの街歩きに出かける。“フィレンツェ”ってどことなく優美な響きのある街名だけど、その憧れの響きの街へ来たなんてなんだか信じられない。小説「冷静と情熱の間」で一世風靡(?)したあの街である。
・・・が、冷静と情熱の間…ってつまり、「ふつう」の状態ってことだろ?と考える人も少なくないはずである。そう。フィレンツェは、私には、なんとまぁ「普通」の街に映ってしまった。ヴェネツィアのインパクトが強すぎて、ヨーロッパらしい町並みも、ヴェッキョ橋からの夕暮れの美しい風景も、なんだか「ふつー」に見えてしまうのだ。

まずお決まりのドゥオモ拝見&お上り!階段をぜぇぜぇ言いながら駆けのぼるとそこは絶景☆フィレンツェの街が、一気に見渡せる。映画で見たあのシーンなんだけど、なんだか感動がイマイチだった。あの映画が流行った当時、付き合ってた人と「何年後かに、ドォウモに行きたいね」とかって言ってた、その当時の記憶がよみがえり、すっかり冷めきって終わった恋愛を思い起こして、フィレンツェのドゥオモと恋愛を結びつけること自体に、なんだか妙に冷めた感情で埋め尽くされていた。
ドゥオモの出口から出ると、インチキくさい似顔絵師たちがいっぱいいて、やたら勧誘してくる。一度はちゃんと似顔絵を描いてもらいたいという思いがあったため、どういう絵を書く絵描きなのか確かめずに描いてもらってしまい、かなり撃沈する。全然似てない・・・(-"-)もともと、特徴のない顔だから描きづらいんだろうけど、これはないだろう…。ちーーん。。。

気を取り直して、ピスタチオとティラミスのジェラートを食べて、そのまま歩いてヴェッキョ宮とウフィッツィ美術館の方へ行く。ウフィッツィ美術館は、入るか入るまいか最後まで悩んでいたが、偉大な美術家たちのすごい数の絵画を見ても、その良さがわからないだろう…と割とあっさりスルーしてしまった。…が、日本に帰って友達に、ウフィッツィ行かないなんて信じられん!くらいの物言いをされた(−−〆)。そんなものなんだろうか。。。

そのままポンテ・ヴェッキョ橋で、宝石たちに囲まれながら何も買わずに記念撮影。お決まりのジャンニスキッキの「オー・ミオ・バビーノ」を橋の上で歌い、自己満に浸る。
そのまま歩きながらピッツィ宮から、ミケランジェロ広場へ。辺りは夕暮れ時になっており、小高い丘の上から、またしても美しいフィレンツェの街を一望する。
ドゥオモの上より、こっちの方がなんだか素敵だ。綺麗だ。ここイイ!!

歩き疲れもなんのその、そのままホテルまでの道のりを、アカデミア美術館やら、サンタ・クローチェ教会やらを経由して帰る。もうお気づきかもしれないが、イタリアには、この「サンタ○○○」が多すぎる。もう何サンタでもいいやって気になってきて、教会や聖堂も街並みも見慣れてきちゃって、「またサンタさん通過しましたー」って感じで、特に感激もなくスルーしていくこととなる。

本日も、またまたクタクタに歩き疲れてのご帰宅。
・・・が、フィレンツェのホテルはシャワーのみで、バスタブがなく、なんだか落ち着かない。あっちの人はお風呂に入る習慣があまりないから、それくらいがふつーなのかもしれないが、ホテルがちょっと悪いだけで、こんなに居心地悪いのかぁ〜(>_<)・・・と、「住まいって大切なのね…」って痛感させられることになる。

シャワーだけ浴びて夕飯も食べずに就寝する。イタリア旅行の醍醐味といえば、バールでおつまみチーズしながらワインでも飲んで、有名リストランテで、ピザやパスタを食らって…って感じなんだろうけど、夜になるにつれて胃が閉店しちゃう私は、旅中だろうと例外はなく、スイーツをつまみ食いしつつ、ほとんど大した料理も食べずに一日を終えることになる。こんな私と旅をする人は…旅の楽しみも半減され、つまんないだろうな…といつも思う。自己嫌悪m(__)m嗚呼御免m(__)m

フィレンツェって本当はとってもとってもいい街なんだろうけど、ヴェネツィア直後だったからか、昔の変な思い出のせいか、ホテルの居心地が悪いせいかわからないけど、なんとな〜く印象が「ふつー」の街になってしまう。。。
ごめんよ、フィレンツェ…m(__)m

明日は電車に乗り、チンクエテッレとピサの斜塔へと向かう予定だ。
むふふ・・・楽しみ〜☆

つづく・・・
【2009/11/29 22:58 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
イタリア 〜3日目〜
イタリア旅行三日目。(inヴェネツィア)
ヴェネツィアの中心(?)リアルト橋のすぐそばのホテル「リアルト」は小奇麗なホテルだったが、スリッパはなかった。昨夜泊ったミケランジェロについていたスリッパをもってきたよかったー。でかした私(*^^)vと悦に浸り、やたらリラックスした。
朝食のレストランに行くと、「コーヒー、カプチーノ、ホットチョコレート?」とウェイターさんに聞かれたので、二つ返事で「チョコレート!!」と威勢よく答えた。朝からホットチョコが出てくるイタリアの習慣は、とても良い習慣だと思ふ。

ホットチョコレートで元気を蓄えて、街歩きに出かける。昨夜、ヴェネツィアに着いたときには暗くてわからなかった、また別の感動が待っていた。張り切って早朝から出かけたため、エンジンかかるのがおそいヴェネツィアの街はまだ開いていないお店も多かったが、店がやってようとなかろうと、街歩きがこれだけ新鮮で楽しいところというのは、そう簡単にないと思う。川辺に出て記念撮影。船がぶらりぶらりと寄ってきては写真撮影。情緒ある細道で街中撮影。
一言でいえば、メルヘンチックなかわいい街だ。仮面屋さん、お菓子屋さん。すべてが可愛らしく、見ているだけで楽しい。

ヴェネツィアの観光名所はなんといってもサンマルコ広場。朝一で大鐘楼に上って、ヴェネツィアの街を一望し、サンマルコ寺院、ドゥカーレ宮と見てまわる。今日はガイドさんがいなかったので、蘊蓄が聞けず残念だったが、それなりによくわからないけどスゴかった。
名所を観終わると、サンタマリアデッラサルーテ教会の方へと歩くことにする。
ヴェネツィア…いい街だけど、いちいち運河があるので歩くとなると相当遠回りしなきゃいけない。すぐそこに見えているのに、ずずずーーっと迂回する。まぁ、街歩きが楽しいからこそ歩けるんだけど、この分だと今日の歩数はすごいことになりそうだ。
フェニーチェ劇場は入れなかったので、外のポスターと一緒に、いかにも中に入りました風の偽造写真を撮り、途中疲れてカフェに入る。食事もせずホワイトホットチョコレートを飲む。(←またチョコ。どんだけ好きなんじゃ…(^^ゞ)

またずずずーっと迂回して、今度はゴンドラ乗り場へ。ヴェネツィアの醍醐味といえばゴンドラである。ゴンドラに乗らずしてヴェネツィアを語るなである。イタリア初上陸の初心者UFOは語る。
で、このゴンドラで約30分間、街中を舟でめぐる。迷路のように曲がりくねった運河をゴンドラで進みながら街の風景、建物を見渡すのである。なんて趣があるんでしょう。それに加え、アコーディオン弾きとカンツォーネの歌い手が一緒に乗って、イタリア曲を演奏してくれる。これまた、いとおかし。
30分が至福の時となり、30分なのにとても長く感じられた。
ゴンドラから降りると、どの観光ブックにも載っていた「マルキーニ」というお菓子の名店に向かった。イタリア名物「カンノーロ」を買う。丸めて揚げたパスタ生地にリコッタチーズのクリームが入ってるとかいう、イタリア名物菓子を食べるのをこの旅行の目的の一つにしていた。
イタリア人は、5人に1人は食べ歩いている。どんなに空気の汚いところだろうが、ふつーに皆食べ歩いている。そんなわけで私も、郷に入るは郷に従え。カンノーロをすぐさまそこでぺろりと食べた。
うみゃあ!!(≧∇≦ )

ヴェネツィアは夕方から冷え込み始める。ホテルに戻り、温かく重装備してからまた夜のヴェネツィアに踏み出した。リアルト橋から今度はサンタ・ルチア駅の方面へと歩いてみることにする。
ここからの街歩きはもはや耐久戦だった。なんか、見物箇所をいくつかめぐりながら行ったけど、もはや細かいことは覚えていない。仮面屋がところどころにあって、たまに広場があって、教会があって、細い道があって、結構暗い道も多くて、でも商店街みたいに栄えてて賑やかな通りもあって、素敵な街だなということで、言い終えることができる。
ホテルに帰ってくる頃は、もうヘトヘトで、万歩計は30000歩を超えていた。ウォーキングマニアの私のin JAPANでさえ、そんな数字をたたき出したことがない。

帰ってお風呂に入って、疲れをとるとすぐさまベッドにバタンキューとなった。
明日は、愛すべき町ヴェネツィアを離れ、冷静と情熱の間の街、フィレンツェへと移動する。

つづく・・・
【2009/11/28 22:13 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
イタリア 〜2日目〜
イタリア旅行二日目。(ミラノ→ヴェネツィア)
ビュッフェスタイルの朝食ということで、楽しみに跳ね起きて、すぐさまレストランへ向かった。まっさきに私の目にとびこんできたのが、ケーキだ。おいしそうなフルーツのタルトやミルフィーユ。私は、チーズやベーコン、スクランブルエッグなどのオーソドックスなおかずをそっちのけに、まず皿にケーキを1種類ずつすべて盛りつけた。外国ならではのフルーツの山、デニッシュなどの甘系パンの山、目にも楽しめる朝食を眺めながら、とりいそぎケーキを全種類平らげ、残りの胃袋に栄養になりそうなおかずを少しだけ押し込むと、かなり満足してレストランを後にした。

今日のミラノ観光はツアーである。ツアーの集合場所までは地下鉄で移動。初めてのイタリアの地下鉄。初めての切符買い。すべてが初めてでよくわからず、しかもスリが多発するという地下鉄内で、過剰に用心深くなりながら、地下鉄に乗り込む。見慣れない地下鉄の構造と落書きがいっぱいされてる電車が、異国感をかもしだしていてよかったが、やっぱりここでも「日本の方が落ち着くわ…」としんみり感じていた。

ツアーでは、ミラノに住んで20年というベテランガイドの素敵なオバサマが案内してくれた。詳しい!目から鱗の説明の数々に、私は観光の楽しさをこれでもか!と感じていた。
スフォルツェスコ城からサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会での『最後の晩餐』。ただぽけ〜と見て回るのと、解説アリキではだいぶ感じ方も学び方も違ってくる。このおばちゃんスゲー!!と思っていた。たぶん、毎回、日本からくるお客に同じことを笑いを交えながら繰り返し説明してるんだろうけど、初めてくる人にとっては、こんな頼りがいのあるガイドさんは、一生の思い出に残る人となるだろう。ルーティンワークといえども、ガイドって素敵な仕事だな〜なんて感じていた。
で、肝心の『最後の晩餐』はなんだかよくわからないけどすごかった。貴重なものだと何度も吹き込まれているし、ガイドのうんちくをたくさん聞いた直後だったから、とにかくすごかった。定員制25人で15分間だけ空間にいることができる。昔はただの食堂だったとこに、これほどの壁画があったなんて、いつも高級ホテルの小汚い従業員食堂を出入りしている私としては、「当時を見習ってくれたまえ…」と思わずにいられなかった。テンペラ画で描かれた、この作品をよくぞここまで修復したもんだ…と修復師さんたちにも感動。

このよくわからない感動を胸に秘め、つづいてスカラ座へと移動した。スカラ座内部の見学。ぬおぉぉぉぉ〜!映画の中に出てくる貴族たちが舞台を観るシーンの一部に自分がいることに感激した。日本の劇場とはだいぶ作りが違う。どっちがいいのかわからないけど、とにかくこっちは豪華絢爛。あの舞台で一度でいいから歌ってみたいものだ。いや、うそ。そんなに歌いたくないかも(笑)
スカラ座博物館で、マリア・カラスの生き様をチラ聞きして、興味をもつ。結構激動の人生だったようだ。
その後、ミラノの中心、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガレリアで、セレブなブランド街を抜けるとその先にそびえたっていたのは、「ぎょえぇぇぇっぇぇぇ〜!!」と目を見張るドゥオーモ!!!ミラノのドゥオーモはフィレンツェのそれよりかなり圧倒的な存在感である。今回の旅の中で五本の指に入るシロモノであった。つんつんと何本もの尖塔があり、いちいち誰かわからぬ別々の銅像が立っている。こんな面倒な建物よくぞ作ったわね・・・と思わずにいられない。ドゥオーモの中も、神聖で細かすぎてすべての装飾に意味があるものみたいで、説明を聞きながらふむふむ…と、なんだかどんどん圧倒される。クリスチャンでもないのに、旧約聖書から新約聖書まで一から読みたくなってくる。
内部の見学が終わると半日ミラノ観光は解散となり、私たちはお決まりの(?)お上りさんをやる。エレベーターで一番上までいくと、ドゥオーモの屋根の上にいくことができる。つんつん突き出た屋根の中に自分がいる。お偉い方の銅像に囲まれて私もいる。
なんだか不思議な感覚だった。

その後、ヴェネツィアに移動する電車まで時間があったので、ミラノ市内を適当にぶらついた。兄に頼まれていた、甥っ子へのイタリアサッカーチームのユニホームを購入するため露店を訪れて、ミランとインテルを購入。…が、ぼったくられた(-"-)
日本でよく入るコーヴァカフェの本店を発見。日本のCOVAがどれだけ高めに設定しているのか、本店の値段を調べてやろうと店内を偵察に行ったが、ユーロだしチョコレートもkg単位だったので、よくわからなかった。。。

時間が来たので、ユーロスターでヴェネツィアへ移動。
一等車の席はとても綺麗で広くて、日本の最高級列車にもこんな電車はないんじゃなかろうかと思われるほどだった。
・・・が。電車に乗り込むや否や、持ち歩いてたおやつの外国産チーズをつまみ食いして、皮のゴムごと食べていたらしく、ほとんど電車を満喫することなく、トイレでげぇげぇ吐いていた。食べ方のよくわからない外国産ものは、気安く食べるべきじゃないな(-"-)と激しく後悔した。

胸に悶々とした気持ち悪さを抱えながら、しばらくして電車はヴェネツィアに到着。
すっげぇぇぇぇぇっぇえぇっぇぇぇぇっぇぇぇ!!!!!!なんじゃココは!??
これが噂の“水の都”か。ありえない光景に、夜でよくあたりが見えづらいにもかかわらず、胸の気持ち悪さも忘れ、驚きに驚いていた。ヴァポレットという水上バスに乗って、ホテルへ向かう。いちいち船で移動という信じがたい街。
私は日常から解き放たれる瞬間を感じていた。

つづく・・・
【2009/11/27 08:58 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
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