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かなり前だけど、私の中学時代の尊敬する師が、当時自分の親の老後の看病に追われていて、めちゃくちゃ大変そうにしてたとき、彼女はこう言ってた。 「人間ってのは、生まれたときに向かって返っていくような気がするのよ。高い山に登ってまた降りるみたいに、生まれたときは可愛い赤ちゃんで、どんどん成長して、またおばあちゃん、おじいちゃんになったら、ちっちゃく可愛くなっていくの。だから赤ちゃんが誰からも愛されて可愛がられるように、私の父母の看病も楽しくやってるのよ」と。 当時、中学生だった私は、親の老後をどう面倒見るか、なんて考えたことあるわけもなく、先生が言ってる意味がよくわからなくて、「そこらへんのおじいちゃん、おばあちゃんなんてヨボヨボだし、ぜんぜん可愛くないぞ…」とひそかに思っただけだった。
数年後、その先生に再会したとき、先生がすごくちっちゃくなった気がした。旦那さんの両親と自分の親、立て続けに看病が続き、仕事も抱え、息つく暇もない日々だったという。 「今はね、最後の砦、私の母親よ。。」なんて、、小さい声だったけど大きな覚悟を持って将来を見据えてるかのように、彼女は力強く言った。 人生に模範があるとするならば、彼女はけっして道を踏み外さずに、まっすぐに生きていく人だ。本当に古来からあった日本人の文化や常識を、そのまま全うする人だ。 中学という一番心が敏感に動く時代に、彼女と出会い、彼女にいろんなことを教わり、いろんな話を聞き、いろんなことを吸収した私は、彼女から聞いたこと、学んだことすべてが見習うべき人間像なのだと、ちょっとひねくれた現在になっても思う。
ふとまた思い出す。 「人間は生まれたときに向かって返っていく」というあの言葉を。 赤ちゃんも物心つくまでは、誰へだてなくなつっこくて、誰にでも話しかけちゃう。おじいちゃんおばあちゃんもそうだ。田舎町へ行けば、若い人よりそれなりに年を召された方の方が気さくに話しかけてくる。赤ちゃんのように、支離滅裂でもとにかく距離を縮めてこようとする。 私の父も最近は、どこに出かけても、「えぇぇぇぇ!!?そこでその人に話しかけちゃうの!??」というタイミングでとにかくしゃべりかける。おじいちゃんの兆候である(笑)。そしてそんな父を、ここ数年かわいいと思うことさえある。 心優しい青年が、道端でおばあちゃんを見かけて、「あのおばあちゃん可愛いね」って言ったのを聞いたことがある。彼は暇さえあれば、自分のおばあちゃんに会いにいくような人だった。そのときはわからなかったけど、お年寄りを“かわいい”と思えるその感覚ってのは、ふつーの人間より、一段高いところにいる、崇高な人なのかもしれない。
赤ちゃんが転んでしまわないか、何かしでかさないか心配で大人たちはみんな気をはっている。最近は、自分の母の動向が気になる。病にふせながらもたま〜に出かける気になった母を、「大丈夫かな」と、一人でもどこか出かけられるようになるかな・・・と、まるで子供の心配をするかのように見守る。 以前は、私が親に心配されていたのに、いつからだったか、私があらゆることで親を心配している。
だんだんと父も母も、生まれたときに向かって帰っているのかもしれない。 まだまだ若いけど、それは避けられない事実だ。両親は自分の親の病気の看病や老後の世話も経験してるし、私も、友人たちと自分たちの父母の病気に悩み「どうしたらいいんだろうね…」って、お互い話し合う機会も多くなった。 早くして親を亡くした友達は、「誰もが通る道だから、、、こればっかりは仕方ないよ。」っていう。私は今になって、彼女が若くして親を亡くしたとき、彼女の気持ちになって考えてあげられたかな、って思う。彼女の心に少しでも近づいてあげられたのかな、と。
自分自身がいろんな不安や危機を感じ、体感しないと本当に理解してあげることはできなタイプの人間だから、きっと友達や恋人、家族にまで、失望させたり、気持ちの冷たい子だと思われていることもあったかもしれない。 本当に人生が山登りのようであるならば、頂上に向かって登っていく過程で、他人の苦楽を見て感じて、自分も経験し、人をいたわる気持ち、人類が皆友達なんだという気持ち、おじいちゃんおばあちゃんは可愛いという気持ちを知っていくんだと思う。 山を登りながら、それを知り、頂上から降りるときには、悟りをひらいたように誰とでも優しい心で接し話せるように、可愛いと思えたお年寄りに自らが向かっていくように、返っていくのだと思う。
現在の世の中は、そう模範通りにいかないこともある。生きにくい世の中だからか、卑屈で心が荒れ果ててるお年寄りもいる。若者が誰へだてなく、周りの人に話しかけようものなら、おかしな人だと思われる。 だから私はまだ若いから(!)空気を読んで、まだ悟りを開いた人にはならない。誰にでも話しかけちゃうような、KYな人間にはならない。たぶんまだ山登りの途中だと思うから、まだまだいろいろ考えながら、自分がどういう可愛いおばあちゃんになるか…の作戦を練っていこうと思う。 ただ・・・自分が目指す頂上を間違って、一人平坦なピクニック道を歩んでいるんじゃないか…っていう危惧が現実とならないように細心の注意を払って登ろうと思う。(←はい、アラサ―UFO(^^ゞ)
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