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うぅ〜。やっぱりマイコーの映画、初日に乗り込むべきだったか…(@_@) 見に行く日は決まってるし、映画館の席も一週間前に予約したし、準備はバッチリなんだけど、初日に乗り込んだ人のネット情報が飛び交っているのが、いちいち気になってしまう。ニュースの報道を見ると、もうすでに見た人がいるにもかかわらず、まだ見れてない自分がもどかしい。 もうこの思いは、M-1や高校生クイズは録画でなくて、何が何でもオンタイムに見たいというわけのわからんコダワリと同じである。
映画館内に拍手が沸き起こったり、グッズを買いながら泣いてる人がいっぱいだったりするそうである。そんな映画に巡り合ったことがない。テレビではテリーさんが「楽しみだけど、なんだか切ないよね。涙なしには見れないんじゃないかなぁ〜」みたいなことを言ってた。確かに〜。切なすぎて泣いちゃうかもしれん。目をそむけちゃうかもしれん。すごすぎて世界が失ったものの重さをかみしめちゃって余計悲しくなるかもしれん。。。 一緒に行く友達からも「私、泣いちゃったりしてー」って予告がきた。こうなったらいっしょに号泣しようと思う。
先日のヨガの飲み会でも、一部のマイコーファンでマイコー話ばっかりで盛り上がる。特にマイコーに興味のない人まで巻き込んで盛り上がる。マイコーファンの一人が言う。 「私、死ぬの怖くなくなりましたもん。マイケルに会えるじゃないですか〜」と。 ほんとに死んだら会えるのかな。…ってか、死んで会うより、生きてる間にもっともっとマイケルの功績を見たり聞いたり調べたり読んだりしたい。 う〜ん。。。いくらマイコーに会えるって言ってもやっぱり・・・死にたくない!!(+_+)
特に貪欲というわけでもなく、物欲や明確な目標もあるわけではなく、1分たりとも時間を無駄にしない生き方をしているわけでもなく、なんとなく毎日ぽけ〜っと生活してる割には生への執着が大きい。・・・というか、毎日ぽけ〜っとしてるからこそ、ストレスもたまらず、嫌な目にあうこともなく、このままノンストレスでのほほんといつまでもいつまで〜も生きてたいと思っちゃうのだ。
不謹慎かもしれないけれど、私は自殺ができる人がうらやましいと思う。毎日生きていくのが苦しすぎて、辛すぎて、この世には何の未練もなくなって、悔いなく死んでいけるのなら、うらやましいとさえ思う。「ちょっとその考え歪んでない?」「何言ってんねん」って突っ込まれるのはわかってる。でも、私は悔いなくお亡くなりになるために、徐々に自分に不幸な空気を送りこみ…そして、死にたくなるほどの試練を与えていかなければならん・・・と思っている(-"-) 思えば、バカみたいに勉強してた受験生時代も、夢に向かって必死だった劇団時代も、それなりに毎日充実はしていたけれど、口では「うえぇ〜。もうやだ〜。死にてぇ〜。死にてぇ〜」って冗談だったかもしれないけど、口にしてた。
世の中には、いつ死んでもいいように悔いのないように毎日楽しく過ごしたり、毎日自分を追い込んで忙しくしてたりする人がいる一方で、私は、自分を追い込まず、やたらのほほんと生活し、特にあれしたいこれしたい、あれ欲しいこれ欲しいって言わずに、仙人のように生活しますので、長生きさせてくだせぇ!ってタイプの人である。
時というのは残酷だ。 若いころは、失恋した友達に「時間がたてば忘れられるよ。時間は味方だから」なんて、決まり文句のように言ってたけど、年を重ねれば重ねるほど、時間が過ぎ去るということがどれだけ残酷かということを、うすうす感じとっている。 体が重くて動けないときや、私の人生に“結婚”や“子供”が必要か不必要か考えるとき、「タ〜イム!!!」と叫びたくなる。時間に一瞬止まってもらって、不調なときや考え事の時間を丸々排除できるなら、もっと毎日サクサクっと要領よく過ごせるかもしれない。 でも時間は残酷だから、そんなことはしてくれない。
だからこそ、何十年後かの自分に向けて、自分を追い込まなくてはいけないと思っている。 大切な家族や友達と離れ離れになって孤独を肌で感じたり、のりピーみたいに社会の歴史に残る大失態をおかしたり、マイコーみたいに、冤罪で何年もの間、裁判に巻き込まれて、本業に復活することさえできない状況においこまれたり。。。 そんな世の中に対する諦めや苦痛を味わえば、私はマイコーみたいに強くないので、「もういいっす。この世に悔いないっす。ちーん(-.-)」ってお亡くなりになれると思う。
そんなこんなで、マイコー映画を観るにあたり、やっぱり生と死を考えずにはいられない。マイコー映画は、のほほん気質な私に、カツを与えてくれるパワーを送ってくれるだろうか。私がもういつ死んでもいいや〜って思えるくらい、自分を追い込むまで何かを頑張ろうとするエネルギーを与えてくれるだろうか。。。 UFOは日曜日、、、映画館に泣きに逝きます。。(┳∧┳)
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